幸福の螺旋
「最近、とても嬉しそうね」
私が何気なく言った言葉に、ミリスは微笑みを返す。そう、その笑顔がとても幸せそうなの。
「グウェンドリン様の笑顔に、つられてしまうんですよ」
「え?」
驚いた私を見て、ミリスはまたくすくすと笑った。
ミリスは喜んでくれたけれど、祖国の者達が今の私を見たら、どう思うのかしら。
言われて初めて、自分が知らぬ間に笑みを零していることを知ったけれど…。
幸せは、戦いの中に見い出すもの。
不幸は、戦いの中に身を置けないこと。
ワルキューレを始め、武人にとってそれは空気のように自然なことで、ラグナネイブルの全ての民が知っている。
けれど今の私は、国のために戦っているわけではない。最近ではここに居ることが多くなっている。それなのに、私は不幸ではない。
「見てくだされ。育てていたハーブが見事に育ったんじゃ」
ブロムさんとミリスが、あちこちに泥をつけた満足そうな笑顔で戻ってきた。先程は庭先で声がしていたけれど…。
「それに、珍しいマンドラゴラも見つかりましたよ」
ミリスは、大きな籠いっぱいに色とりどりのマンドラゴラをのせていた。剣を持つ者なら簡単に収穫できるものだけれど、ミリスとブロムさんでは大変だったでしょうに。
「今夜は、プーカの料理屋に行ってみましょうか」
「いいですね。たまには皆で」
のんびりとした二人の会話が終わる前に、開かれた扉の前に現れたのはオズワルド様でした。
「おお、オズワルド」
部屋の中の賑やかな様子に少々驚かれていましたが、その片手に握られていた物を見て、ブロムさんは微笑みました。
「いや、これは…たまたま見かけたから」
ラム肉をミリスに渡し、鍛錬のために使っておられたのでしょう、ここにあった古い剣を仕舞われました。時々、こうして「見つけた」と言っては色々な物を持って帰ってこられるのです。食材や、花や――――この指輪も。
「今夜はプーカの店に行こうと言っておったところなんじゃ」
「いいんじゃないか?」
「決まりですね」
美味しいものを食べに行く。それだけで、人は幸せになれるのね。
ミリスとブロムさんの笑顔を見てそんなことを考えていた私の目の前に、大きな手が差し出された。
「行こう」
「…はい」
導かれるままに手を差し伸べると、少し硬くて熱い手で、そっと前へと引かれた。
目の前にあるあなたの笑顔。その中に、私は幸せを見い出せる。笑顔になれる。
あなたの笑顔は、食事のためかしら。それとも――――。
目の前に並べられた料理の数々。一人で来る時には一品を頼むだけだけれど、こうして大勢で来ると、少しずつを分け合える。
「ニョッキは初めてですね」
「そうね。城では出ないものだから」
色鮮やかなニョッキに、香ばしいラム肉の香り、湯気の立ち上るスープ。
柔らかな暖炉の灯りに照らされた食卓。
生まれ育ったあの城のように…あんなに広いわけではない。あんなに豪勢なわけではない。およそ王族の食するものではないけれど、それでも美味しい。食事は、体を鍛えるためだけのものではなかった。
コンソメスープを掬い、そっと冷まして喉に通す。もう一掬い…とスプーンを伸ばした時、ふと視線に気がついた。
「あの…何か?」
フォークにラム肉を突き刺したままで、オズワルド様がまじまじとこちらを眺めていた。
「いや、その…何か違うと思って」
何かとは、と首を捻ると、ブロムさんが咳払いを一つ。
「これ、オズワルド。姫様の行儀の良さを見本に、少し学んではどうじゃ」
姿勢を良く、ナイフも使って、一口ずつに分けて…とブロムさんが指導を始める。オズワルド様はおずおずと言われたとおりにするけれど、何だかぎこちなくて、ミリスと一緒に少し笑ってしまった。
「…こうか?」
ちらりちらりと私の手元を見ながら、今度はスープを一口。スープなのにパクリと音が聞こえてきそうなその様子に、食べるのも忘れてしまった。
「要練習じゃな」
「いいじゃないか、食べられるんだから」
そう言って結局は今までどおりの食べ方に戻ってしまう。ミリスもそれに賛同した。美味しく感じることができればいいのだと。
「…グウェンドリン、君は、その…」
「私も、美味しければそれで良いと思います」
舌足らずなそんな言葉でさえ、あなたははにかんだ笑みを返してくれる。
幸福な一時とは、まさにこういう時のようなことを言うのね。
薬指の金の指輪が、まるで肯定するかのように暖かな光を返した。
いつか訪れるかもしれない終焉。とても考えられないけれど。
「グウェンドリン」
夜空に流れる星から目を離すと、月明かりの中でもオズワルド様の姿がはっきりと見えた。
「今日は、ありがとう」
「私は何もしておりません。ミリスとブロムさんが…」
指輪ごと手を握られて、知らず言葉が途切れてしまった。
「何だか、とても美味しかったんだ。作法もよく知らないが、それでも」
「いえ、私も同じです。オズワルド様と一緒でしたから…」
笑顔を見ながら、食事ができたから。
「…君の笑顔が見られるなら、何だってしてみせるよ」
私の大好きなその微笑みに見つめられて、自分が笑顔になっていたことを知る。
あなたの笑顔のためなら、私も何だってできる。何だってしようと思う。
事実、それが間違っているかなんて、考えることもできずに、炎の国へも妖精の国へも、死の淵までも赴いた。
あなたが幸せでいてくれるのなら。
「君の幸せのためなら」
あなたの幸せの中に、私の幸せがある。
「君が幸せなら、それが俺の幸せだ」
嬉しい言葉。あなたのその言葉だけで、私は幸せを感じることができる。
ずっとこうしていられたらいい。
いいえ、きっと、ずっとこうしていられる。
「…私もです」
この幸せが途絶えることなど、きっと無い。
2007年06月16日UP
オズワルドだけ、あまり行儀が良くないなと思って妄想。
しかし、彼のポエマーな部分は真似できないと思いました。