Polaris

喫茶店は誰と

 ある日、奇妙なものを見た。

「…」

「…何か?」

 プーカの隠れ地下街。ここには二つの店があるが、俺は料理屋の方にしか行ったことがなかった。まさか男が一人で、薔薇の飾られた喫茶店に入れるわけもなく…。

「私の顔に何かついているのか?」

 大きな剣を背負ったプーカは、ポケットからハンカチを取り出すと口元を上品に拭った。そう、今まで居た喫茶店で食べていたパイかケーキの欠片を探すように。

「ああ」

 俺の眼が自分の顔と喫茶店を交互に映していることに気付いたプーカは、途端に人のよさそうな笑顔を浮かべた。いや、プーカだが。

「そう緊張することはない。私は馴染みだが、新しい客にも親切にしてくれる」

 馴染み…そんなに通っているのか。

「ここで会ったのも何かの縁。私が主人に紹介してさしあげよう」

「いや、俺は…」

 女性の好むような喫茶店に男のプーカが物好きにも一人で、と思っていただけで。

「シュトゥルーデルはお嫌いか?」

 何だそれは。

 籠手と毛に覆われた小さな手でむんずと手首を掴まれ、半ば引きずられるようにして俺はその扉を潜ってしまった。

 隣の料理屋とは違う甘い匂いが、そこかしこから漂ってくる。ふんだんに花やレースがあしらわれた店内は、どう考えても俺には不似合いなものだった。

 しかし気がつけば椅子に腰掛け、正面の椅子にはあのプーカが乗っている。

 程なく店員がやってきた。

 彼女(おそらくは)から見れば、俺はいかにも場違いな客だろう…いや、先程店を出て行ったはずのプーカの方がおかしいだろうか。しかし店員は特別な反応は示さずにプーカの注文を聞き入れ、厨房へと戻っていった。

「私の名はコルネリウス。タイタニア国の王子だ」

「オズワルドだ」

 タイタニア…聞いたことはあるが、どこにあったか。というか、プーカは一つの国家を形成していただろうか。

「君の出身は?」

「…親の顔は見たことがない」

 リングフォールドだ、とは思えなくなってしまったが、この戦乱の時代、孤児などどこにでもいる。親のいない子など珍しくもない。が、プーカは目に見えてうろたえた。

「すまない…そういう民もいるということは知っていたつもりだったが…失言だった」

「いや、俺は気にしていない。親がいなくとも、愛する者がいて、愛してくれる者がいればそれでいい」

 グウェンドリン…どうせなら、君と一緒にこの店を訪れたかった。

「あら」

「…貴女は」

 プーカの料理屋を出たところで、半分血を分けた姉に出会った。

「久しぶりね、グウェンドリン」

「ええ」

 一度は刃を向けたこともあるというのに、こうして何気なく話をするというのは奇妙なものね。

「貴女もよくこの店を訪れるの?」

「今日は、オズワルド様を探しに来たの。帰りが遅いから…」

 鍛錬の後にここへ寄っていかれるというのは知っているのだけれど、店の者には疾うに帰られたと言われてしまった。何かあったのかしら…。

「私も同じよ。コルネリウス様が喫茶店へ行ったままだから」

 コルネリウス…以前城を訪れた、あのプーカかしら。

 料理屋に足を運んだ私はもう用はなかったけれど、何気なくベルベットと共に喫茶店を覗いた。

「……オズワルド様」

 喫茶店では、オズワルド様とコルネリウス王子が向かい合って何やら話しこんでいた。甘いお菓子を前にして。

 オズワルド様…こういった店はお嫌いかと思っていたのだけれど。

「コルネリウス様があのように熱心に語ってらっしゃるなんて、きっと気が合うんでしょうね」

 邪魔はしないでおきましょう、と、ベルベットは店に背を向ける。

 できれば一緒に古城までの道を歩きたかったのだけれど、ご無事ならそれで良いと思い、私もその場を後にした。

 その夜、二人きりの一時を楽しんでいたのだが、コルネリウスはふと思い出したように昼間の話を始めた。

「今日、喫茶店でオズワルドという若者に出会ったのだが」

 店を出たところ、興味深げに見ていたので茶を共にしたのだという。

「作法を学んだことがないらしく、とても野性的な食べ方をする者だった」

 そこで、フォークの持ち方からナプキンの使い方まで熱心に教えていたのだ。王族として育ってきた彼にとって、食事をする者の食べ方を黙認することは中々に耐え難いことなのだろう。

「楽しい時を過ごしたんですね」

「彼にも愛する者がいるらしく、些細な物ではあるが土産を持たせた」

 それで、貴女には…と、ポシェットをごそごそ言わせ、コルネリウスは差し出した。

「しかし次にあの店を訪れる時には、私は貴女と語りたい」

「コルネリウス様…」

 ふわふわの手を細く白い指で包み込み、ベルベットはしばしの間、そのつぶらな瞳を見つめていた。

 ちなみに、土産であるマルベリーのタルトは半分にされ、甘い味を二人で堪能したという。

 その頃、辺境の古城では。

「グウェンドリン」

「はい」

「君は…その、生姜は好きだろうか…」

「……生姜、ですか…?」

 後ろ手にジンジャービスケットを持って奮闘するオズワルドの姿を、物陰からこっそりとブロムが応援していた。

 2007年06月17日UP

 コルベルカップルの喋り方がいまいち自信ないんですが…特にベルベットは敬語になったりタメになったりで迷います。

 タイタニア従兄弟はあの喫茶店で愛について語った模様。二人ともポエマーですから。