プーカは見た
私はメリーヌ。この「兎の喫茶店」を営んでいる。
いつか人間に戻れる日を夢見てバレンタインの硬貨を集めているのだけれど、最近はたくさんのお客様が訪れるようになった。
今いらっしゃっているのは、私達の王女ベルベット様と、その方を助けてくださったコルネリウス王子。彼はプーカの姿をしているから、最初は誰もタイタニアの王子だということに気がつかなかった。
目の前のナップルパイを少しずつ口に運びながらも、私の心の中には何かが引っ掛かっている。
そのせいで、コルネリウス様と過ごすこの時間も、どこかもどかしいものになっていた。
「姫、どうかされたのか?」
「いえ、何でも…」
と言いかけて顔をあげると、姿は違えども真っ直ぐなその瞳が目に入る。
たとえプーカになったとしても、コルネリウス様への愛は変わらない。けれど、私はプーカとは違い、歳をとって死んでしまう人の体。せめて、それまでには元のお姿に戻してさしあげたい…いえ、元を正せば兄の嫉妬が原因。私が何とかしなければ。
「そういえば、この後はイルリットの森の外れにある古城に向かうとおっしゃっていたが」
コルネリウス様がまだ人の姿であった頃、誰もいないあの古城のそばで逢瀬を重ねたものだった。
「ええ。今日はグウェンドリンの様子を見に行こうかと」
「確か、彼女とは…」
「はい。母は違いますが、あの子は妹です」
魔王を父にもって、彼女も苦労したでしょう。ミリスがいるから心配はしていないけれど、少しでも力になってあげたい。
「ということは、イングヴェイとも兄妹ということか」
ふむ、と考え込まれたそのお姿。いえ、それよりも…。
「兄妹…?」
その言葉と、少し首を傾げて可愛らしい耳を揺らすコルネリウス様の姿に、もどかしさの原因を理解した。
「大変!」
慌てて席を立つと、カップは傾き、テーブルクロスに染みを作ったようだった。
「ベルベット!?」
コルネリウス様のお声にも振り向かず、一刻も早く、と足を急かした。
私はメルランチ。この「料理屋プーカ」のオーナー。
魔法のコインと食材で、素敵な料理を作っている。
今は、最近常連となったご夫婦が来店されている。ミリスがお世話をしているグウェンドリン王女とオズワルドさんだ。訪れる者のない古城に住んでおられるので、こうしてここで食事をすることが楽しみとなっているのでしょう。
「オズワルド様、野菜も食べていただかないと…」
「しかし、グウェンドリン…トリカブは猛毒を持っているんじゃないのか?」
「毒がある物を、店側が出すわけがありません」
マンドラゴラサラダをぐいと押すと、オズワルド様はおずおずと一口目を口に運んだ。野菜の類がお嫌いなようで、私が勧めない限りは食べようとされないのだけれど、体の健康を考えると、やはり野菜も重要なもの。
「第一、トリカブぐらい、私はそのまま齧れます」
そう申し上げると、オズワルド様は目を丸くしてこちらを見た。
「手が止まってしまっていますよ」
「あ、ああ…」
見ていてとても微笑ましい光景です。来店なさる回数が増えるにつれて、奥様のほうが逞しくなっていっているような気がしますけど。
けれどそんな穏やかな時間は、男性の悲鳴で終わりを告げた。
「何だ?」
オズワルドさんが、すぐに席を立って店を出て行かれた。私にはサラダから逃げたようにしか見えませんでしたが、グウェンドリン王女に続いて慌てて悲鳴の聞こえた方へと駆けました。
「イ、イングヴェイ様!?」
私は思わず声を出してしまいましたが、先に出たご夫婦は言葉を失くしておられました。
二つの店を出たところで、イングヴェイ様が鎖で身動きできない状態で倒れておられ、それをベルベット様が見下ろしておられました。
「べ、ベルベット様、これは…!?」
「王女様が乱心なされた!」
「どうか、心をお静めください!」
通りで商いをしていたプーカ達が、手を合わせて懇願する。しかし、ベルベット様の只ならぬ雰囲気に、近づくこともできない状態でした。
「俺が何したっていうんだよ!? 早くこれを解け!」
「何をしたかではないわ、イングヴェイ。何もできないようにしたのよ」
「ひ、姫、彼は貴女の兄だというのに、一体何を…」
コルネリウス王子が双子の兄妹の間に割って入るけれど、ベルベット様は本気のご様子で、少しも態度を変えようとはなさらない。
決然とした瞳でイングヴェイ様を見下ろされると、次にオズワルドさんの方にお優しい視線を流された。
「良かった。まだ無事だったのね」
何のことかと、ご夫婦は顔を見合わされる。もちろん、私も訳がわかりません。
「心優しいグウェンドリン…貴女の夫にまで兄が危害を加えたりしたら…私は耐えられない」
この場で、この王女様の心中をお察しできたのはコルネリウス王子だけでした。コルネリウス王子がイングヴェイ王子に呪いをかけられたこと、そしてベルベット様とグウェンドリン王女に血の繋がりがあること…この二つを知っていたのは彼しかいなかったのですから。
私はメリル。プーカの一人。
今日は、地下街が大騒ぎになったらしい。私はその場にいなかったのだけれど、コルネリウスさんが何とかその場を収めて下さったとか。
お喋りとお礼をしに彼の所を訪れると、今夜はベルベット様とご一緒ではなくて、一人でぽつんとしていた。
何をしているのだろう…と思って様子を窺うと、鏡を見ている。昔の人間だった頃の姿を思い出しているのかしら。
「ベルベット…貴女の愛は、私よりもグウェンドリン王女に向けるものの方が大きいのか…」
…とても声をかけられる雰囲気ではないわ。
「私が彼女に勝るのは、男という一点だけなのでは…!」
謎の呟きを背中に聞きながら、私はこっそりとその場を後にした。
私はミリス。グウェンドリン様のお世話をするために、この古城に住んでいる。
今日は二人揃ってお出かけになったのだけれど、帰ってきてから彼の様子がおかしい。何かあったのでは…と、彼の部屋を訪ねてみた。
すると、扉が少し開いている。ノックをしようとすると、話し声が聞こえてしまった。
「オズワルド、今日は元気がないの?」
ブロムさんも、きっと心配になったのでしょう。私は一足遅かったようです。
「ブロム…人間の女性は…強いな」
「妖精も人間もあまり変わらんが…まぁ、母は強しという言葉はあるのう」
「俺は…敵わない……」
よくはわからないけれど、その場はブロムさんに任せ、私はグウェンドリン様の元へと向かった。
2007年07月04日UP
姉妹愛ということで。
イングヴェイのことはすっかり忘れてるのに、グウェンドリンの心配ばかりしてるベルベットが好きです。