後姿
やっぱり、ここにいると思ったわ。
あまりに予想通りなので、内心呆れつつもメルティーナは歩を進めていった。
穏やかで霞がかかったような春の空。と言っても、まだ神界に来てからそんなに日が経ったわけでもないので、季節など関係なくいつもこんな空なのかもしれなかった。ラグナロクの時は、こんな空ではなかったけれど。
「ヴァルキリー」
空へと流れていく鈴蘭の花の中で、その後姿は振り返ってくれた。
「毎日毎日、こんなトコに居てよくも飽きないわねぇ」
鈴蘭の中に寝転び、大きく伸びをする。その様子を見てレナスは苦笑した。
「メルティーナこそ、毎日毎日ここに来ているようだけど」
ここに来てるっていうより、ヴァルキリーに会いに来てるのよ、とは、心の中では言うけれど、面と向かって言いはしない。言わなくたって、それくらいわかっているだろうし。それに何より、どうして毎日レナスに会いにきているのか、メルティーナ自身もあまりよく解ってはいなかった。ただ気が向くから来るだけで。
寝転んだまま、自分の隣に立っているレナスを見据える。彼女の後姿。柔らかな風に弄ばれる銀の髪。
鎧も着けず、戦場ではなくこうして平和な景色の中に佇む彼女は戦乙女には見えなかった。かと言って、創造主に見えるかといえば、そうでもなかった。
創造主となった今でも、時々は戦乙女として人間界に降り立つ事はある。メルティーナもそれによく同行する。その時のレナスはやはり以前と変わっていないように見えるけれど、やはりこうしていると、神というよりは自分と同じ人間であるように思えてくる。それはホムンクルスと融合したからなのか、人としての記憶を思い出したからなのか。
「今日は下界には行かないの?」
「今のところ、不死者に目立った動きは見られないから」
レナス自身が創造した世界なのに、不死者がいなくなる事はなかった。レナスが創造主として不器用なのか、創造とは元々そういうものなのかはわからないが、世界はそっくりそのまま元の姿に戻っただけのようだった。ドラゴンオーブが再び安置されても、すぐに戦争が終わるわけでもなかったし、例えばちょっとした事…バドラックの性格がもう少しまともになるとか、詩帆の目が見えるようになる、といった事も自由にはできないようだった。
「ねぇねぇ、オーディンも、毎日こうやってぼーっとしてたの?」
レナスが少しだけ目を見開いた。懐かしい名前だからか、内容が内容だからか。
「私は常に神界にいたわけではないけれど、私の知る限り、常に玉座についていたわ。玉座からは世界中を見渡せたというし」
「神様の世界も人間の世界も同じよね。立場が上のヒトは全然動かないんだから」
「けれど、何かあった時に一番責任が重いわ」
「そうかもね」
レナスが、見た目も態度も特に変化しなかった事は、メルティーナでなくてもほっとした事だろう。オーディンが弱い神から創造主になったように、レナスも元々はオーディンやフレイに使役されている神だった。けれど、玉座に腰を下ろすでもなく、フレイや下級神を使役するでもなく、エインフェリアへの口調は以前と比べれば逆に柔らかくなったくらいだ。本人はまだ微妙に慣れていないのか、以前の口調と時々入り混じったりはしているが。
けどよく考えたら、エインフェリアで敬語使ってるヤツって元々ごく一部よねぇ。
やっぱりアクが強いのかしら、と自分の事は棚に上げて考える。よくもあんな個性的な集団を作ったものだと。
「そういえば、また盛大にケンカしたそうね」
「誰と誰が?」
急に話題が変わったことについていけなかった。
「あなたとロレンタが。フレイから聞いたわ」
「ああ」
そういえば、昨日か一昨日あたりにそんな事があったかもしれない。騒々しいって喚いてたっけ、フレイが。
「あんなのケンカって言わないわよ。ロレンタがぎゃあぎゃあ言ってただけなんだから」
その「ぎゃあぎゃあ言うロレンタ」の顔が脳裏に浮かんで、嫌な気分が少し戻ってくる。
「神界の宝物庫に、ちょっと面白そうなものがあったから、それを分解してみようと思っただけよ。それなのに、そんな事をしては云々、貴重なものを云々って、五月蝿いったらないわ」
宝物庫へ出入りする事はレナスにきちんと伝えてあったのだし、地上で入手したアーティファクトがほとんどなので、以前に触らせてもらった事もある。いつまで経っても人を子どもや学生のように扱うロレンタがメルティーナの癪に障るのだ。
ついでに、似たような感じで怒鳴るフレイも、ラグナロク以前からあまり好きではなかった。戦争が激化すればするほどエインフェリアは必要になってくるが、反対にレナスは激化すればするほどエインフェリアを送りたがらなかったのだ。戦争の只中に放り込んでも生き延びる事ができるほど強い人間なんて中々いないし、エインフェリアの中でも強い部類に入るアリューゼやメルティーナは神界へ行く事を拒否してしまうし。そんな風なレナスやエインフェリア達を、たまの定期報告の時だけ喚いて怒るのが気に入らなかった。
そういえば、「行きたくない」って言った時、案外あっさりOKもらえたのよね。
レナスは基本的に放任主義というか傍観者のような感じの所があった(今もそうかもしれない)ので、無理強いはしないのではないかと予想はしていたが、あまりにもさらりと「そうか、わかった」とだけ言って後は何も聞いて来なかったので、メルティーナにしてもアリューゼにしても、拍子抜けしてしまった。
彼女の事を、無感動で面白くないと思った事もあったけれど。
「ねぇ、今度宝物庫に行く時は、ヴァルキリーもついてきなさいよ?」
不意に、納得がいった。誰かと行動を共にしたり誰かについていく事が嫌な自分がどうしてヴァルキリーを選んだのか。
「ロレンタやフレイが来ないように見張れという事?」
あの時。終末の炎に焼かれた時。死ぬ瞬間はあまりに唐突すぎてわからなかった。気がつけば同じように立っていた。周りは緑で輝いていたけれど。
鈴蘭の草原で。放たれた光弾に何かをする暇もない時にも。
何かあった時に見せてくれるのは、後姿ばかり。いつも前に居る。守ってあげると言うわけでもないし、大丈夫、なんて声をかけてくれるわけでもないけれど。
―――今の私には、全てを守る力がある―――
波打つ銀の髪を見ながら、初めてレナスが言った守るという言葉に、誰もが恐怖を忘れた気がした。
終末の炎など、四宝など恐れないと。ただ彼女の後ろからついていき、自分の力を出せるだけ出してみればいいのだと。
「ロレンタとの違いって、そこなのねぇ…」
「どういう事?」
メルティーナの呟きにレナスは顔をしかめる。
「それじゃ、行きますか」
メルティーナは起き上がって大きく伸びをした。体中についた花びらがはらはらと風に乗っていく。
「今から宝物庫へ行くの?」
嬉しそうに笑ったメルティーナを見て、レナスは困ったように笑った。
「メルティーナの探究心には敵わないわね」
そう言ってレナスは歩き出す。宝物庫の方へと。
「ね、ヴァルキリー」
後姿に呼びかける。
「見張ってくれるのもいいけど、あのババァ共が来た時は、見てるだけじゃなくて説得してよね」
そう言って、神の背中を思いきり叩いた。
2006年03月14日UP
AEDのアスガルド丘陵でのレナスはかっこよくて大好きです。