イヤリング
アリーシャは、ふと立ち止まって足元を見つめた。
それに気づいて、今では少なくなってしまった仲間も立ち止まる。
「どうかしたのか?」
幾分疲れた様子のルーファスが声をかけた。この異界を訪れてからあまりにも物事の動きが目まぐるしい。心強かった戦乙女を全員失ったことに加え、先程のアリーシャの決心。疲れを隠すほどの余裕もなかった。
だから、この状況でアリーシャが拾った物にも、大した興味も湧かなかった。
小さな、とても小さな、片方のイヤリング。
平和な世界など、どこにも存在しないのかもしれない。
今の新しい世を築いた者達は、それぞれにそう考えていた。ヴァルハラの草原に佇む、創造神も。
鈴蘭が咲き乱れるこの場所からの光景が変化するのは、これで何度目だろう。ついこの間までは穏やかだったその場所は、今は不吉な様子を見せていた。ラグナロクの時のようなはっきりとした破壊の形を成してはいないが、生暖かく強い風が花々を押し倒そうと躍起になって吹き荒れている。そこから見える光景…先程までそこに存在していたものが突然姿を消したり、かと思えば、突然見たこともないものが姿を現したりと…それはあまりにも異常だった。
神界に住む者の心も乱れていた。
「私があの子に魔法を教えなければ、こんなことには」
そうして涙を流す者がいれば、
「あいつにできたんだもの。あたしにだってできるわよ…もう少し待ちなさいよ、ヴァルキリー」
そう言って研究に篭る者もいる。
「ミッドガルドは大丈夫でしょうか。ミリアは…」
「それを言うなら、セリアなんかあちこち旅してるんだぜ。いつ何があるか」
「こうなっちまえば、安全な場所なんかないんじゃないか?」
「戦の傷が癒えきってはおらんというのに、アルトリアは、父上はご無事じゃろうか」
「倭国なんか島国だから、土地が減っちゃったら逃げ場所なくなっちゃうよ」
生き別れになった者の身を案ずる者も、決して少なくはない。
(…やはり、行く他に道はない)
ラグナロクの時、自らが創り上げた神剣を握り締める。
過去へ行ったのは一度きり。ディパンが滅びる時代へ。あの時は不可抗力で全員時間を遡ったが、今回は時間制御装置が上手く細工されてしまったせいで、たった一人しか過去へと渡ることはできない。
「プラチナ」
懐かしい呼び名に、レナスは振り返った。
彼のそんな顔を見るのは、いつ以来だろう。ここ最近は笑顔が絶えなかったのに、何か我慢しているような顔。
そんなルシオが、レナスの片手を取り、その手に何かを握らせた。少し、痛い。
「…これは」
自室に大切に保管してあったもの。片方しかないイヤリング。もう片方はアーリィに壊されたので耳につけることはできなかった、大切な宝物。
「お守り。無事に帰ってこれるように」
「ルシオ…」
一度目に渡された時は撥ねたそれだけれど、今度は大切に耳元へと飾った。
ルシオがそっとレナスを抱き締めた。甲冑に邪魔されて、温もりはあまり伝わらなかったけれど。
「今度こそ、そばにいて君を守りたかった」
一度目は、そばにいたのに何もできず。ラグナロクの時は、自分はそばにいなかった。そして今度も。
「絶対、戻ってきてくれ」
「…ええ」
名残惜しそうに、お互いに離れる。
不吉な強風が吹き、鈴蘭の花弁が肌に当たる。痛いくらいだった。
「ここが、私の帰るべき場所だもの…」
レナスはルシオから遠のき、下界の亡失都市へと意識を向ける。
「皆、君が帰ってくるのを待ってる」
その言葉に、レナスは自然と頬がゆるむのを感じた。
「あの時に…ここまで、落ちてきてしまったのかしら」
この世界には似合わないそれを、アリーシャが大切にしまう。
安物のちっぽけなイヤリングだけれど。
裕福なこの時代にはまるで子どものおもちゃのようなアクセサリー。それを扱う王女の手つきが不釣合いで、見ている者に何か特別な印象を与える。
「行きましょう」
立ち止まった仲間の間を通り抜け、アリーシャが前へと進む。その瞳の光の強さが、ルーファスをぎくりとさせた。
「……絶対に、あの男の好きにはさせない」
好きな人との時間を奪う権利なんて、誰にもないのだから。
2006年08月17日UP
名前すら出てこなかったルシオですが、レザードとは面識ないまま終わりましたね。