たゆたう日常
まるで、海かプールの中を漂っているみたい…と言っても、私はどっちも本当は知らない。ヒカルが知ってるだけだもの。
ゆったりとした浮遊感に身を任せながら、私はのんびりと過ごしていた。
ここは、私が生まれる前に居た場所。ヒカルの心の中。
生まれた所は崩れる寸前のセフィーロで、育ててくれたのはデボネアお母様。最後には殺そうとしてきたお母様だから、嫌いは嫌いなんだけど…でも、なんとなくお母様って言っちゃうんだよね。可笑しな感じ。
ヒカルに言われて私はここに戻ってきたけど、デボネアお母様に育てられたからなのか、私の意識は消えたりしなかった。こうやってのんびり泳ぐみたいにしながら、時々ヒカルに話しかけたりもする。
『ねぇねぇ、ヒカル!』
畳の上に布団を広げていたヒカルは、動きをピタリと止めた。
(な、何?)
『毎晩おんなじこと言うけど…寝る時くらい、ペンダント外したら?』
(す、すぐ外すよ!)
で、外したら枕元に大切そうに置くんだよね。私はヒカルの心の一部だけど、男の趣味はわかんないなぁー…ていうか、ヒカル以外誰も好きじゃないけど。
『そういえばね、ヒカル』
部屋の灯りを消して、ヒカルは布団の中に横になる。私を見つめようとするように、天井の一点をじっと見つめて。
『私がヒカルの中に戻る時、キスしたでしょ?』
(そう…なのかな? 違う気がするけど…自分同士だし)
『キスだよ。…あれってね、ランティスと間接キスになっちゃったね』
「え!?」
思わず声を出してしまったヒカルは、慌てて両手で口を塞いだ。
『…嬉しそうだね』
暗闇でもわかるくらい、顔が真っ赤だし。ヒカルって、本当に好きなんだね。その気持ち、私には全然わかんない。
『男の人とキスしたいなんて、変なの。唇なんて、カサカサだし硬いし、何にもいいことないのに』
(…女の子とキスしたいって言うほうが変だよ)
『違うよ。私はヒカルだけだもん』
(それでも十分変だ!)
自分に向かって、変って断言しちゃわないでよ。
私は、例えてみれば子どもが親を求めてるみたいなものなんだと思う。ただ、いつまで経っても現実に産み落とされないだけで。
ここはきっと、言ってみればヒカルのお腹の中。生まれる前の赤ちゃんも、こんな風に泳いでたりするんだ、きっと。
『セフィーロに行けば、ここから出て行くこと、できるのかな?』
(出たいの?)
『ちょっとの間だけね』
それで、出たら言ってやるんだ。何にも言わないヒカルの代わりに。
本当に、片時も離さないんだよ。時々、それを胸に抱いて「会えますように」って願ってるんだよ。それから、遊びに誘われたりしても、同年代の男なんて全っ然眼中にないんだから。自分が異性に好きになってもらえるなんて、ヒカルは考えてもみない。別れ際の告白の返事も、聞き間違いかとちょっと不安がってたりもする。
ヒカルは、言いたいことはいっぱいあるのに、何にも言わないんだよ。ウミちゃんとフウちゃんには、言うけどね。
でも、あの男にも、ヒカルはちゃんと言わなきゃいけないよ。だって、向こうも何にも言わないんだもん。
だから、ヒカルが言わないなら、私が勝手に全部喋っちゃうからね。
(ノヴァ)
『なあに?』
(ノヴァはどうして、私を好きなんだ?)
セフィーロに置き去りにしたのに…って言いたいの?
『じゃあヒカルは、どうしてランティスが好きなの?』
ほら、言葉に詰まっちゃう。
言おうと思えば、きっと何とでも言えるんだろうけど。
私は…子どもがお母さんを好きになるように、ヒカルが好きなんだよ。ヒカルは…優しいからランティスが好きなんだよ、って。
でもそう言ってしまうと、何だか違うような気もするから、私もヒカルも、言葉にできない。
『あーあ、早くセフィーロに行きたいなぁ』
ゆらゆらと、ヒカルの心の中。大きな声で呟きながら、私ののんびりとした今日一日が終わっていった。
おやすみなさい。
2007年07月09日UP
ノヴァと光ちゃんの話。
似てる設定…ですけど、似てないですよね。