Polaris

気づかないことは罪ではないけれど

 事の始まりはありふれたもので、光自身ははっきり覚えていなかった。

「お客様が来てるの?」

 部活が終わって家に帰ってみると、玄関に見慣れない靴があったのだ。居間にいた覚に尋ねると、「優の友達が来てるよ」と答えてくれた。

 別に珍しいことではない。四人兄妹なのだから、誰かしら友達が来ているというのはよくあることだった。だから、この日も廊下で会った時に挨拶を交わしただけだ。

「あいつ、うちの道場に通いたいってさ。今度見学させてやってもいい?」

 夕食時の優のそんな言葉も、光は特に関心を示すことなく兄同士のやりとりを聞くともなく聞いていただけだ。

 獅堂流剣道場は幸いなことに繁盛していて、門下生もそれなりの数になっている。名前を知っているだけであまり親しくない人も多かった。

 優の友人――というからには、大学生の男性だろう――ならば、手合せすることもまずないだろうと思って、光は名前を頭の片隅に置いただけだった。見学に来た時も、軽く自己紹介しただけ。

 だから、街中で話し掛けられた時には誰だか分からず混乱してしまった。

「光ちゃんだよね?」

「え?」

「優の妹の」

 そう言われて、ああ、優兄様の友達か、と漸く思い至った。

「これから部活?」

「はい」

 駅のすぐそばで出会ったのだが、彼も今から電車に乗るのだという。そのまま流れで同じ電車に乗り、その時は光だけ途中下車して別れた。

 その後も度々そういうことがあった。だが、最寄駅が同じなら当然そういうこともあるだろう、くらいにしか光は考えていなかった。

 この時点で、光には警戒心の欠片もなかった。女子校に通っているものの、兄や門下生の男性と頻繁に接触があるのだから、年上の男性に対してそもそも身構えることがない。

 会えば世間話をするだけで――ただ、ほとんど光側の話ばかりだったが――何をされるということもなかったので、偶然出会うことがほぼ毎日になっていても、何も気にしていなかった。

「光ちゃん、お出かけ?」

「あ、おはようございます」

 休日の朝にまで鉢合わせて、さすがに光も「よく会うなぁ」と思った。平日は駅で毎日のように会うし、それ以外に道場でもよく同じ時間に稽古をしている。大学生と中学生で、こうも時間がかぶるものだろうか?

「どこ行くの?」

「えっと、東京タワーに……」

「いいよね、東京タワー」

 そのまま、気が付くといつものように同じ電車に乗っていた。

(あれ、この人どこに行くんだろう?)

 いいよね、東京タワー……というのは、もしかして一緒に来るということだろうか? まさか。と、光はその考えを打ち消した。

「光ちゃんは、彼氏とかボーイフレンドはいないんだよね?」

 もう何度も尋ねられた質問だった。彼氏やボーイフレンドがいないというのは、そんなに珍しいものなのかな? でも、海ちゃんだっていないし……なんて、光は暢気に考えていた。だから、次の言葉に対する反応は遅かった。

「じゃ、俺と付き合ってみよっか」

「え?」

「決まりだね」

「え!?」

 この人は何の話をしているのだろうか。何か言わなければと思うものの、咄嗟には何も出てこなくて、光は口をぱくぱくさせるので精一杯だった。

「ほら、着いたよ」

 電車のドアが開き、後ろの人に押されるようにしてホームへ降りた。

「あ、あの――」

「人が多くて危ないね。手繋いでおこう」

「だ、大丈夫――」

「いいからいいから」

 こちらの話はお構いなしで、手を引っ張られるようにしてぐんぐん前を行かれてしまう。

 この状況に、光もさすがに焦り出した。当事者のはずなのに、何が起こっているのやらさっぱり分からないのだ。これはまずいと思った。

 しかし、どうやら東京タワーにはつれていってくれるようだった。これがまったく別方向へ向かっているのなら手を振り払って別れの挨拶でもするところだが、目的地が同じならそういうわけにもいかない。休日ということで彼女達と同じく東京タワーへ向かっている人の波ができているし、そんな中で走って逃げられるとも思わなかった。

(海ちゃんと風ちゃん、もう来てるかな……)

 二人に会えれば、事態は好転するだろう。少なくとも一対一でないのだから、少しは心に余裕もできる。

 今は握りしめられている手が痛くて、二人の元へ向かうことしか考えられなかった。何かしきりに話し掛けられているが、周りの音であまり聞こえないし、聞く気にもならなかった。

 東京タワーの展望台へ向かうエレベーターは、案の定混んでいた。いつもならこの混み具合も全く気にしない光だが、今日はなんだか居心地が悪い。

 なるべく離れていたくてもぞもぞと(ほんの僅かだが)距離を開けた光を、向こうは肩を抱いて引き寄せてきた。

(い、嫌だ!)

 ぞわぞわと背筋を悪寒が這い上がってくる。普段、スキンシップに何ら抵抗を感じないのに、この時ばかりは嫌悪感でいっぱいになってしまった。

(早く、早く着いて!)

 エレベーターがいつもの倍はのろのろしているように感じられる。待ちきれない足が足踏みを始める。

 漸くエレベーターが停止し、ゆっくりと扉が開いた。

 それと当時に、光は人を押しのけて走り出した。迷惑そうな声を上げる人々に詫びながらも、目はいつもの待ち合わせ場所にしか向いていない。

「海ちゃん、風ちゃん!」

 いつもの場所に居た二人が、光の声に振り返った。いつもと違う様子に、きょとんとした顔をしている。

「どうしたの? 光」

「は、早く、セフィーロに――」

 わたわたと二人の手を繋ごうとしていたところにポンと肩を叩かれて、光は跳び上がるようにして振り返った。

「走ったら危ないよ、光ちゃん」

「光さん、こちらの方は……?」

 言い淀む光の肩を抱いて、「ほら、紹介して」と促す。その様子に、海は眉を顰めていた。

「えっと、優兄様の友達で……」

「違うでしょ」

「うちの門下生の……」

「普通、お付き合いしてる人のことをそんな風に紹介しないよ?」

「ち、違う! 私はお付き合いするなんて――」

「でも、彼氏いないんでしょ?」

「いないけど、でも……」

 まぁまぁ、と風が間に入る。海の方は左右の眉がくっつきそうになっていたが、風はいつもどおりの笑顔を崩していない。

「ところで光さん、お洋服がほつれていますわ」

「え、どこ?」

「繕ってさしあげますから、お手洗いまでご一緒くださいな」

「ほら、さっさと行きましょう」

 海に背を押されながら、三人一緒に歩き出す。

 一人展望台に残され――てはくれず、その三人の少し後ろを当然という顔をしてついてくる男を、海はちらりと盗み見た。

「大丈夫ですわ。さすがに中までは入ってこられませんし」

 小声で言う風に、海は目を丸くするだけだった。どうせしばらくしたら外に出なければならないのに、彼女はどうするつもりなのだろう。

 女子トイレは人の出入りはあるものの混雑している様子はなく、三人はそのまま何事もなく中に入った。

 洗面台のそばまで来ると、三人一緒にほっと息をついた。

「ありがとう、風ちゃん」

「いえ、大したことはしておりませんわ」

「それより、これからどうするの? あんな風について回られちゃ、セフィーロに行けないじゃない」

「ここからまいりましょう」

 風の言葉に、光と海の目は点になった。ここからって……ここで?

「不可能ではないと思いますわ。ここも東京タワーには違いありませんもの」

「そりゃそうだけど……」

「よし、やってみよう!」

 言うが早いか、光も風も手を繋ぐ。女子トイレで女子中学生が手を繋いでる光景って……と考えると乗り気になれない海だったが、仕方なく二人に倣った。

 いつもどおり道が開くのを感じる。

 展望台と違ってここは窮屈なので、いつもより道も窮屈に感じるが――。

「わっ」

「あら」

「ちょっ」

 いつもと違う、と感じた時には、三人は盛大に落下していた。

 ボンと音を立ててクッションの上に落ちる。

 いつもと違い、今日は大きなベッドの上空に到着したらしい。

「お前達は客人の上に落ちてくる気か」

 下の方からの声に、三人はベッドの下を覗きこんだ。中庭で皆がお茶をしているのが見える。クレフが呆れた顔で杖を上げていた。

 クレフが杖を振るうと、ベッドはやや乱暴にお茶会の輪の隣に着地した。三人の体がベッドの上でポンと跳ねる。

 どうやら中庭の上に出てしまったのを、クレフがベッドで受け止めてくれたらしい。

 今日のお客はオートザムらしく、三人の様子を見て笑いながら手をあげていた。

「ごめんなさい、私がちゃんと祈れなかったからかも……」

「いえ、私も自信ないわ……それより光! あの男の人は何よ!?」

 だから、優兄様の……という言葉は、海の「ちっがーう!」に遮られた。

「あの方の言葉を信じるなら、光さんの恋人ということになりますが」

 風の言葉で、ジェオが紅茶にむせた。

「ち、違うんだ。ほんとにそんなことなくて。でもあの人の中ではいつの間にかそういうことになってて……」

「とりあえず、三人ともお茶にしたらどう?」

 プレセアの提案に、漸く三人はベッドから降りて輪に加わった。

 お茶を飲んでほっと一息ついたところで、しどろもどろになりながらも光が事の経緯を説明する。

 何せ本人に自覚がなかったので、どこが始まりかが分からない。結局は海に問い詰められるまま、出会った頃から遡って話す破目になってしまった。

「どうしてもっと早く相談してくれないのよ」

 海の眉は八の字になってしまっていた。もっと早い段階に手を打てたらと思わずにはいられない。

「ごめんなさい。でも……私、今まで男の人にそういう風に思われたことなかったから、全然分からなくて」

 またジェオが紅茶にむせた。

 その隣で、ランティスはむっつりと考え込んでいるように見えた。イーグルはいつもと変わらなかったが。

「じゃあ、ヒカルが気付かなかっただけで、向こうはアプローチしてたのかもしれないわね」

 ジェオのカップに新しい紅茶を注ぎながら、プレセアはそう解釈した。セフィーロでだって男二人を華麗にスルーしているのだから、異世界でだってきっと光は気付かないだろう。

「うーん……でも、様子を見た感じ、かなり強引だったわよね?」

「そうですわね。毎日待ち伏せしていたことを考えても、既にストーカーの域に達していると言って良いかもしれません」

「だって大学生でしょ? それが中学生になんて……犯罪よ、犯罪! 大の大人が子どもに手を出すなんて!」

「……東京では、ですけど」

 咳払いをする風に気付いて、海も意味深な視線をランティスとイーグルに投げてよこした。異世界だから麻痺しているが、あれも立派な大人だ。

「一言ガツンと言ったったらええんとちゃう? ハッキリ言うたら大概の男は身引くもんや」

「カルディナが言うと妙に説得力あるわよね……」

 実体験に基づいていそうなところが。

「どうでしょうか。問題の方は、その『大概の男』の枠からは外れてしまっていると思いますわ。光さん、まずはご家族にご相談して、後はなるべく一人にならないようにして、身を守るしかありませんわ。何かあっては大変ですし」

「何かって……でも、兄様の友達だよ?」

「女性が襲われる類の犯罪の加害者は、見ず知らずの方より知り合いの方のほうが多いんですのよ」

「なんか物騒な話よね。でも、用心するに越したことないわ」

 話の内に、光はどんどん縮こまっていったように見えた。昨日までは何も考えていなかったのに(それがそもそも問題だが)いきなり大事になってしまって、頭も気持ちも中々ついていかなかった。

 ランティスは、光が来るのをいつも心待ちにしていた。

 会う度に溢れんばかりの笑顔を見せてくれるものだから、こちらも幸せな気持ちになれるのだ。だが今日ばかりは、そういうわけにもいかないようだった。

 クレフとオートザムの話し合いが終わってからも中庭に居座り続けている光は、紅茶のカップを持ち上げたまま何かを考え込んでいるようだった。いつもはぱっちり上を向いている睫毛が、伏せられて下を向いている。それだけで随分落ち込んでいるように見えた。

 ランティスはそっと光の頭に手を伸ばした。いつもなら、彼がそうすればこちらに笑顔を向けてくれる光なのだが、今日は指先に髪が触れた途端にびくりと身を引いてしまった。

「あ……ごめんなさい。ちょっとびっくりしただけなんだ」

 嫌なわけじゃないんだ、と光は慌てて弁解したが、さすがにランティスは少しショックだった。彼女の言うとおりなのだと分かっていても、いざ自分に警戒心が向けられると堪える。「大丈夫だ」とは言ったものの、気分が落ち込むのはどうしようもなかった。

「……私、初めて触られるのが嫌だと思ったんだ」

 エレベーターでの自分の感情を、ぽつぽつと光は語った。彼女にとっては余程恐い体験だったのだろう。目に見えるものよりも得体の知れないものに対しての方が、人は恐怖を感じるものだ。

「触られたくないなんて、酷いこと考えてるって分かってるんだ。海ちゃんや風ちゃんは平気なのに……」

 人を拒否してしまったのは事実だが、そんなこと、何ら気に病む必要はないというのに。もし件の男がこの場にいたならばきっちり制裁してやるところだが、生憎自分は異世界には行けなかった。それが歯痒くて仕方がない。

「ヒカル」

 今まで黙っていたイーグルが、光に向けて手を差し出していた。きょとんとした光が、そこにそっと小さな手を重ねる。

 イーグルはそのままゆっくり手を引くと、自身の腕の中に光を閉じ込めた。

「どうです? 嫌ですか?」

「……ううん」

 イーグルの腕の中で、光は首を振った。

「誰だって、信頼関係の築けていない相手だと警戒してしまうものです」

 その言葉に小さく頷く。一応は納得したようだった。

 ランティスは珍しく、イーグルの行動を咎めなかった。怒りの矛先がよそを向いているので、そちらを気にする余裕がないのだ。

 なぜ、光の笑顔を曇らせるような真似をするのか。愛している者が不安に苛まれる様など、普通は見たくないはずだ。

 結局その男は表面的なことしか捉えていないのだ。彼女の心などどうでも良いというわけか。

 そう考えると頭に血がのぼる。苛々する気持ちを拳の中に閉じ込めていると、あははと隣から笑い声がした。

「そんなに怒ったって、異世界まで届きませんよ」

 呑気な言い草にむっとしていると、イーグルは光を解放してポケットに手を入れた。

 しばらくごそごそしてから出てきたのは、小さな機械だ。小さいが、武器の類や様々な物が仕込まれているのをランティスは見た覚えがある。

 いくつかのボタンを操作すると、イーグルはその中から指先より小さいコインのようなものを取り出した。

「お薬みたいな形だね」

「ええ、薬ですよ」

「……ヒカルに飲ませる気か」

 思わずイーグルの手首を掴むと、彼はにこにこしたままで「怪しいものじゃありませんよ」とのたまった。信用できる笑顔じゃない。

「オートザムでは、親が子どもによく使うんですよ、これ。機器の持ち込みができないような場所でも保護してくれますからね」

 オートザムの機械を異世界に持ち込むわけにはいかないが、体に入ったものなら問題ないのではないかというわけだ。

 創造主の采配次第ではあるが、試してみる価値はあるだろう。

「飲んだらどうなるんだ?」

「そこは、お楽しみということで。一日くらいしか効きませんから、お兄さん達に相談するまでの間の保険にしてください」

「貸せ」

 ランティスは返事も聞かずに、イーグルの手のひらの上にあった薬を掴み取った。

 薬を包んだ拳が淡く光るのを見つめて、光は小首を傾げる。

「何してるんだ? ランティス」

「トーキョーで上手くいくかは分からん」

「それ、微妙に答えになってないですよ」

 傍から見ればより怪しさが増した薬を渡すと、光は躊躇いなく飲み込んだ。

 信頼されていると思えば良いのかもしれないが、この素直さが今は余計に心配の種だとランティスは思った。

「私も一緒にお兄さん達に相談した方がいいと思うんだけど」

「大丈夫だよ、海ちゃん。ここまでしてもらったのに悪いし」

 車窓から不安げな顔を覗かせる海に、光は笑って答えた。心配だからと、結局彼女の家の車で自宅まで送ってもらったのだ。家の中に入れば家族がいるので、さすがに大丈夫だろうと光は考えていた。

 送ってくれた礼を言いつつ海を見送ると、光は家の門を潜った。

 セフィーロから東京タワーに戻ってきた時、幸い彼の姿は見当たらなかった。何時間も放置されれば当然だろう。

 庭を見ると、いつも真っ先に駆け寄ってきてくれる閃光の姿がなかった。いつもより少し時間が遅くなってしまったから、誰かが散歩に連れて行ってくれているのかもしれない。この時間、覚は道場で指導にあたっているだろうから、他の兄だろうか。

「ただいまー」

 玄関に入ると、「おかえり」と出迎えてくれた母はそのまま靴を履きだした。買い忘れがあったので急いで出掛けるらしい。「お客様が来てるから」と言い置くと、さっさと出て行ってしまった。

 これが優か翔であったなら、いつもの過保護ぶりを発揮してくれたことだろう。そう考えると、彼女の警戒心のなさは母譲りかもしれない。

 居間を覗いてみて、光はさっと血の気が引いた。母が言った客というのが、件の人物だったからだ。

 海の言うとおりにしておけば良かったと後悔したが、後の祭だった。急いで隠れようとしたものの、名前を呼ばれて光は飛び上がった。

「どうやって帰ってきたの?」

「え、ええと……」

 この人がいるのに優がいないということは、彼は家の中にはいないのだろうか。

 翔は? どこへ行けばいい、道場? 自分の部屋?

 冷静に考えれば外へ出てしまえば良かったのだが、慌てふためいてしまってそこまで頭が追いつかなかった。

 近付いてこようとする彼と距離をとるので精一杯で、気が付けば家の奥へ奥へと進んでいた。

 自分の部屋へ逃げ込もうかと思ったが、すんでのところで光はそれでは駄目だと悟った。和室で鍵をかけられないのだから、袋小路になるだけだ。

「光ちゃん、どこ行くの?」

 やけになって靴下のまま庭へ降りると、追いかけてきた男に手首を掴まれた。

 エレベーターでのことを思い出して、鳥肌が立つ。思わず、光は異世界の住人の名前を心の中で叫んだ。

 パンッ。

 弾けるような音と共に、見えない壁のようなものが男を押しやった。

 二人揃って目を白黒させる。ただ、光には事の原因に思い当たることがあったが。

 もう一度手を伸ばしてこようとする男に、光は「駄目だ!」と訴えかけたものの、相手は素直にそれに応じなかった。光としては、彼の安全を心配しての言葉だったというのに。

 次に辺りに轟いた音は、大きすぎて音として感じなかった。

 二人より少し離れたところにある池に落ちた雷が、地面を揺らす。その衝撃と眩しい光に思わず目を瞑ったが、その間も自分の周りを何かが守ってくれているのを感じた。

 音と光と衝撃がようやく収まると、光は長く息をついた。

(や、やりすぎじゃないかな……)

 同じ雷でも、異世界で味わうのとは全然違う。直撃しなくて良かったとほっとしたものの、光の心臓はまだバクバクと落ち着かないままだった。

 けれど、向こうの世界で心配してくれた二人の気持ちの表れだと思うと、萎んでいた勇気が湧いてくるのが分かった。

「わ、私!」

 言うんだ。ちゃんと言葉にしなくちゃ。

 逃げてちゃいけなかったんだと自分を励ましていると、自然と声が大きくなった。

「貴方のことは好きじゃないんだ! だから、お付き合いしない! ごめんなさい!」

 まだ雷の余韻で呆けている相手は、口を開いたまま返事をしなかった。

(い、言えた……)

 胸の内にあったモヤモヤも一緒に吐き出してすっきりしている彼女の足に、柔らかくて温かい感触があった。

「閃光」

 膝をついて体を撫でてから、漸く、光は閃光と一緒に帰ってきた人物に気が付いた。

「優兄様」

 兄は、妹と友人の顔を交互に見ながら不思議そうに首を傾げていた。

「雷は……えっと、二人は何してるんだ?」

「優」

 落ち着き払った声に顔を上げると、すぐそこの廊下に覚が立っていた。様子を見に来た門下生も大勢いる。

 耳を澄ますと、家の外もがやがやと騒がしくなっているのが分かった。雷が落ちたのなら人が集まるのも当然だ。今になって、中々派手なタイミングで言ってしまったのだと気が付いた。

「居間で待っていてもらいなさい。こっちはもうすぐ終わるから、そうしたら話を聞こう」

「分かった。光、お前怪我してないよな? なんで靴履いてないんだ?」

 眉根を寄せて訝しげな顔をしながら、優の手が光の腕を掴んだ。

 何も起こらないことに、彼女はほっと息をついた。

 セフィーロで一度話をしたからか、家族の前で、彼女にしては上手く説明することができた。

 ただの男女交際でも問題視するのに――それはそれでどうかと思うが――大学生が中学生に、それも言いくるめるような遣り口だったと知って、騒ぎにならないわけがなかった。

 破門だ絶交だと大騒ぎになり、いつもは宥める役に回る覚も今回に限ってはそうならなかった。

 光は光で「自分の身は自分で守れるようになりなさい」とお小言を貰い、その日を境に元の日常に戻っていった。

「でも、最後は自分で言えたんですから、ヒカルも少し成長ですね」

 イーグルの励ましにも、光は唸るだけだった。まだ彼女なりに思うところがあるらしい。

「しかし……精度はちょっと期待外れでしたね。もっと強力にできれば良いんですが」

 ランティスを見ると、雷が外れたと聞いた時から眉間に皺を寄せて、そのままだった。脅しにはなったが、次は直撃させなければとでも考えているのだろう。

「もう一度試してみよう」

「何言ってるんですか。加害者がいないと発動しませんよ。第一、最初から何もないのが一番良いんです」

「すぐに手を出す人間なら、ここにもいるが」

「自分で試すんですか? 流石ですね、ランティス」

 そんなわけがないだろうという視線を笑顔で受け流していると、暫く考え込んでいた光がぽつりと呟いた。

「……兄様達より年上の人が好きだって言ったら、怒られるのかな……」

 二人が口を噤んだことに気付かずに、光は一人溜息をついた。

 2015年05月17日UP

 東京で過保護なお兄さん達の目を掻い潜って光ちゃんに熱烈アプローチする輩(ちょいストーカー?)が出てきて光ちゃん困惑、ランイー超心配&暴走……というリクでした。

 暴走ってほど暴走じゃなくなってしまいましたが(二人が本気で暴走するともっと凄そう)……、リクありがとうございました!

お題配布元:「確かに恋だった」