春の三本勝負
1.ちょうちょ
光とイーグルは、二人で並んでベッドに腰掛けていた。イーグルが療養のために与えられたこの部屋では、ベッドの上が一番暖かくて心地良いのだ。
「ヒカル、その制服の、それ」
「これ?」
人差し指で、ちょこんとリボンを指した。
「前から思ってたんですが、とっても不思議な形をしてますよね」
「ちょうちょ結びだよ。オートザムにはないの?」
「チョウチョ?」
「ちょうちょの形に似てるから、そう呼ぶんだよ」
「ああ、蝶々ですね」
セフィーロでも、そろそろ飛ぶ頃である。
ちょうちょ結びに興味津々、といった様子のイーグルに、光はリボンを解いてみせた。
へぇ、とイーグルが感心する。
「ただの帯が、そんな形になるんですね」
「こうやってね…」
くるくると器用に手を動かし、きゅっと引っ張ると、あっというまに元のリボンになった。
「面白いですねぇ」
「やってみる?」
「いいんですか?」
リボンを解き、光がやっていたのを見よう見まねで実行してみる。
「あれ? なんだか変な形になってしまいましたね…」
不思議がるイーグルを見て、光はくすくすと笑った。
もう一度、とイーグルはリボンを引っ張った。
しゅるり。
ガチャリ。
その音に、はた、と扉に目を向ける。
今まさに部屋に入ろうという形のままで固まっていたランティスは、次の瞬間には猛スピードで扉を閉めて出て行った。
「……」
「…ランティス、どうしたんだろう?」
「さぁ…?」
揃って首を傾げた二人だったが、再び向き合って、ちょうちょ結びに没頭するのであった。
2.3月3日は
「海ちゃん、おめでとう!」
「おめでとうございます。これで、海さんも15歳ですわね」
3月3日は雛祭。それに加えて、海の誕生日である。
「ありがと。でも、なんか『まだ15歳か~』って感じもするのよね。こっちの世界に来てるからかしら?」
「ウ、ウ、ウミはとっても、大人っぽいから…」
アスコットは必死である。カルディナはというと、そんな彼の隣で「老けてる、とも言えるけどな」などと心の中でツッコんでいた。
「私も、海ちゃんみたいに大人っぽくなりたいなぁ」
小さな光の呟きは、隣に立っていたイーグルにはしっかり届いた。にっこりと笑顔を向けて、フォローをする。
「ウミは15歳なんでしょう? それなら、ヒカルだって15歳になる頃にはもっと大人の女性らしくなっていると思いますよ」
別におべっかを使っただとか、慰めてみたとか、そんなつもりはなかったのだ。しかし、普通に返事を返してくれると思っていた光が黙り込んでしまったので、イーグルは「おや?」と首を傾げてしまった。
「ヒ、ヒカル?」
(イーグル、光のこと何歳だと思ってるのかしら…)
(光さん、私達の中では一番最初に15歳になられたのに…)
地雷を踏んでしまって困り果てているイーグルに、海と風はちょっと憐れんだ視線を向けていた。
3.祝・入学
「…変かな?」
固まってしまった人々に、光が恐る恐る感想を求めた。新品の制服をちょこんと指で引っ張ってみる。
「何? そんなに似合わないかしら?」
「似合わないとかじゃなくてさ…この間まで着てた、ガッコウの制服はどうしたんだ?」
フェリオの頭の中には、見慣れてしまった風の緑色の制服が蘇る。三人に似合ったそれぞれの色の制服というのがトレードマークのようになっていたので、三人同じ服を着ているのはどうも奇妙に映る。
「東京では、15歳になると新しい学校へ入るんです」
「この間まで必死だった『コウコウジュケン』というのと、関係あるのか?」
クレフの質問に、ずばり正解! と言うように海が頷く。
「そう。新しい学校が高校なの。高校には三人一緒の所に通うことになったのよ。前は別の学校だったから制服も違ってたけど、これからは一緒だから、三人お揃いってわけ」
「ここで見ると奇妙かもしれませんが、学校へ行けば皆さんこの格好ですから、全然おかしくはないんですよ」
そこまで言っても、まだセフィーロの人々は納得していないようである。どこか腑に落ちない、と顔に書いてある。
だがその空気の断ち切る、明るい声が響いた。
「そうか、わかったで!」
カルディナだ。なぞなぞが解けたというような晴れやかな顔をしている。
「トウキョウも、セフィーロみたいに見た目と年齢を変えられるんやな!」
少女三人の目が丸くなる。しかし逆に、セフィーロの人々の顔は晴れやかなものになった。
「そうか。どう見てもヒカルが15歳には見えないと思ったが…トウキョウも奥が深いな」
そのクレフの一言で状況が飲み込めて、海と風は「まずい」と汗を垂らす。自分達も一度してしまった誤解。光がふてくされたのは、あの一回だけだったような気がする。それだけ気にしていることなのだ。
「クレフに言われたくないよ!!」
「なぜ怒るんだ? 魔法を使うのにはあまり体が大きくならないほうが都合が良いから、ではないのか?」
「好きでこうなんじゃないよー!!」
「だ、大丈夫よ光。まだ成長期だもの」
「そうですわ。ここは意志の世界ですし」
そうして海と風の二人がかりで宥めるものの、セフィーロの人々には、光の怒りは一向に伝わっていなかったのだった。
おまけのちょうちょ
ランティスは一人高い木の上に腰掛けていた。精獣の助けを借りなければ登れないような所だ。
失恋に沈んだ心を支えるように幹にしがみつき、気が済むまではそのままでいるつもりだった。
しかし。
「ランティスー!」
木の下で、光が呼ぶ声がした。自分が寄せる想いを踏みにじったのは彼女だが、それでも呼ばれれば素直に下りていくのがランティスだ。
しかし、木の下で待っていたのが光だけではなかったのを知り、彼は「無視すればよかった」とちょっぴり考えた。
「どうしたんですか? さっき見た時よりやつれたようですが…」
イーグルの声は心から心配している。光の天然は承知しているが、イーグルの天然は裏に何かあるのかと考えると、なかなかに恐ろしいものがある。ベッドの上で光の服に手をかけていたところを目撃されても、彼は特に何も感じないのだろうか? とランティスは疑問を持ってしまう。
「イーグル、少し話が…」
しゅるり。
きゅ。
「……」
「ヒカル、成功しましたよ!」
「ランティス、結構リボン似合ってるね」
二人の不可思議な行動に、ランティスは呆然となりながらも自分の胸元に視線を落とした。自分の首に布が巻かれ、ちょうど光の制服のリボンと同じ形のものがそこにくっついていた。
「練習した甲斐がありましたね~」
和気あいあいとした二人とリボンを見比べて、やっとランティスは自分の勘違いに気がつく。
そして、今度は別の意味で落ち込んでしまうランティスだった。
(俺の心が、やましいのだろうか…)
その疑問には、誰も答えてくれない。
2006年02月25日UP
時季ネタを3つまとめてみました。