Polaris

年が明けたら

 分厚いガラス越しに、濁った闇の中に咲く大輪の花が見えた。暗雲が垂れ込めている空をバックに、次々と咲いては消えていく。当然のことだけれど、年を越そうが火の花が咲こうが、この国の空には関係のないことだった。

 イーグルは管制塔へと一人足を進めた。

 周囲には人の姿がない。年が明けるこの瞬間を、仕事をしながら過ごしたい者などきっといない。必要最小限の人間だけを残して、後は皆家族や恋人と共にいるのだろう。

 上へ上へと昇るにつれ、外の音が振動のように響いてきた。他の建造物に邪魔されずに、真っ直ぐこちらへ花火の音が届いてくる。

 目的地へ辿り着くと、そこには先客がいた。意外、ではなかった。この国には、彼の家族も恋人もいないのだから。

 ランティスはやってきたイーグルを一瞥すると、再び前へと向き直った。彼の視線の先にあるのは、華やかな花火ではなく、どこまでも黒い闇。イーグルは彼の隣に立ち、同じ方向を眺めてみた。

「見えますか?」

 貴方の国は。

 返事はなかった。イーグル自身、期待していなかった。魔法を使える彼であっても、夜の闇に沈んだ国も、そこにいるだろう家族の姿も、見ることが叶わないのは分かっていた。

 見えなくなると不安になるのだろう。

 いつ訪れるかも分からないその時が来たら、きっと、あの国は今の姿を消してしまう。その時、彼の肉親も恐らくはいなくなってしまうのだろう。

 今は見ることが叶わないセフィーロの、その澄んだ昼の空のような瞳で、ランティスはずっと闇の向こうを見つめていた。花火の煙が白く、邪魔をするようにその間をたゆたっていた。

 ――年が明けたら。

 来年の今頃、彼はどうしているだろう。

 この日のように、また静かに故郷を眺めているのだろうか。それとも、眺めるべきものは既に失われているのだろうか。

 そして、来年の今頃、自分はどうしているだろう。

 時なんて、止まってしまえばいいのに――などと、少し子どもじみた考えが浮かんで消えた。花火のように、ほんの一瞬。

 2016年04月30日UP