――の指先
「目は口ほどに物を言う」
向かい側で紅茶を飲んでいた風が、こちらに顔を向けた。それから私の視線の先に気付いたようで、ああ、と頷く。中庭の入口にランティスが立っていて、物問いたげな様子で私と風を見ていた。
「光なら、イーグルのお見舞いに行っちゃったわよ」
私がそう言うと、彼は何も言わずに(もしかしたら何か言ったのかもしれないが、距離もあったから何も聞こえなかった)踵を返した。表情はぴくりとも動かないのに、目が「残念だ」と語っていた。笑うこともよくあると光は言うけど、私は思う。彼の表情筋は死んでるわ。
「確かに海さんのおっしゃるとおり、ランティスさんは目で語る方ですわね」
「でも、口で語ってくれなくちゃ困ることもあるわ」
会った当初、私はあの人が恐かった。背が高いし、にこりともしない。出自を考えれば恨まれていてもおかしくない。その上あの無口。今でこそ臆せず接することができるけれど、それは光と仲が良いという理由が大きかった。
「口から出るものは簡単に誤魔化せますから、ランティスさんはまだ素直な方だと思いますわ」
目でも誤魔化しは利きますけど。とにっこり微笑む風は、説得力がある。まさに、口も目も誤魔化せる人間だ。
「そういう人の場合、どこを見れば本音が分かるものかしら」
秘密を隠し通せる人間なんて、きっといない。いては堪らないと思う。少なくとも、私には無理。
「例えばですが……どんなに誤魔化しが上手でも、末端にまでそれを意識し続けるのは難しいのではないでしょうか。ですから、綻びが出るとすれば、指先や、足運び」
「なるほどね。だからかしら? フェリオがよく風の指先にキスをするのは」
ちょっとした音を立てて頬を赤らめる風は、先程のにっこり笑顔とは違い、素直な本音の目をしていた。フェリオが惚れるのも、良く分かる。
フェリオが中庭に足を踏み入れたのを見つけて、潮時かと立ち上がった。二人の邪魔をする気はない。
当てもなく歩いていると、普段はあまり足を運ばない中庭が見えてきた。ここは奥まっていて普段人もいないようだし、木々が鬱蒼としすぎていてお茶をするにも適さない。
ただ、ふと赤いものが目に入ったので、足を止める。見慣れた色だと思ったら、やっぱり光の髪の色だった。
ランティスには、イーグルのお見舞いと言ってしまった。きっとまだ出会えていないだろう――そう思って、声をかけようと思った。
光の髪がふと動き、その横顔が見える。笑顔で、口をぱくぱくさせている。こちらには聞こえないけれど、喋っているのだ。
木の陰になっていて気付かなかったけれど、彼女の隣にはちゃんと人がいた。ほんの少し、その横顔が海の視界に映るところへ出てきた。
イーグルだ。天気が良いから、二人で部屋から出てきたのだろう。
――ランティスさんはまだ素直な方だと思いますわ。
先程の風の言葉が甦る。ランティスが目で語る人間なら、イーグルはどうだろうか。海自身は、それほどイーグルと親しくしてはいなかった。もちろん、光と一緒にお見舞いに行ったことは何度もあるし、二人で話をしたことも少しくらいはあった。けれど、底が知れないという印象もある。
ランティスと違って親しげにしてくれるし、優しい人だとは思うけれど。
(綻びが出るとすれば、か)
会話を思い出して、つい目が彼の末端を探してしまう。頭の表面の部分では、それを誤魔化すように「ランティスが探してるって声を掛けた方がいいかしら?」と悩んでいるふりをしていた。
それというのも、以前から少し気になっていたのだ。
ランティスは光が好きだ。もう分かりやすいくらいに。それは所謂恋愛感情で、疑う余地すらない。
イーグルも光が好きなようだ。ただ、友人の一人として――と言われれば、そうですかと頷かざるを得ない程度の感情しか、彼からは読み取れない。けれど、友人にしては、その……「ちょっと近すぎない?」という距離だった。仮に海自身がイーグルと仲良くなったとして、彼は同じように対するだろうか? 今のような近すぎる距離で座るだろうか。何気なく抱擁したりするだろうか?
光が実年齢よりは少し幼いから? けれど、彼の親友の想いは当然知っているはずなのに。
そんな疑問が、決して口には出していないけれど、確実に海の中で腰を下ろしていた。
彼女自身は、男女の友情が成立しないなんて思わない。そういう形の友情だって、どこかにはきっと存在すると思う。
自分はどちらを期待しているのかしら? あの子を挟んで泥沼劇なんて勘弁してほしい。けれど、きっと自分の中では答えがもう用意してあるのだ。ただ、確信がないだけで。
「海ちゃん」
気が付けば、光はこちらに向かって手を振っていた。いつもの笑顔。その隣に座るイーグルも、こちらに笑顔を向けていた。
「光、ランティスが探してたわよ」
声を張り上げる中で、私の目はついに彼の末端を捕らえた。
光が、私の言葉に目を丸くして立ち上がる。その三つ編みの先を、指先が僅かに追いかけていた。
もしかして、見てはいけないものだったんじゃないか、なんて。きっとそんな大層なことじゃないわ。
いつもさり気なく触れている指先。まるで壊れ物を扱っているように。
あれが、末端からふと漏れてしまった本音なのか、それともわざと出しているシグナルなのか、私には分からない。分からないが、光は、きっと彼にとって特別なカテゴリーに入る人間なんだということは分かる。
足運び。他の人に対してより、一歩踏み込む。
指先。気が付けば彼女のどこかに触れている。
何も、気付いているのは私だけじゃない。風は私より観察眼があるし、彼の友人だって付き合いが長いのだから分かっているのだろう。
肝心の光がどう思っているのかは分からない。隠してる……わけじゃない、と思う。
イーグルの手が、光の頭を撫でる。
光はきょとんとした後、嬉しそうに彼に笑いかけた。
彼女の目も口も指先も、まだ何も伝えてこない。
2015年04月10日UP
フェ風のキスはまさに王子様とお姫様な感じで好きです。