烈火
「イーグルとランティスは、お友達以上って…ホント?」
あいさつもそこそこにして光が言った言葉に、二人はぴたりと動きを止めた。
「お友達以上って何?」
地球(というか日本?)には『友達以上恋人未満』という言葉があるが、こちらの世界でも友達の次にくるのは恋人である。光が先に「お友達以上って何?」と聞いていたなら、イーグルはあっさりと「恋人のことですよ」と答えていただろう。
しかし、「イーグルとランティスは」と言われてしまったなら、そうも言えない。
「…誰があなたにそんなこと言ったんですか?」
いつもの笑顔が半分凍りついたままだったので、光は少しおどおどした様子を見せた。
「あの…『こういう話してたのは内緒』って言われたから…駄目なんだと思う」
しっかり口止めまでされている。心の中でイーグルは舌打ちした。とはいえ、セフィーロ内での光の交友関係はそれほど広いわけではない。そういう話をするのは大抵女性だし、そうするとおのずと人数は絞られてくる。
「お友達以上は、親友や仲間のことですよ。あなたと、ウミとフウみたいなものです」
「そっか!」
納得。といった感じに光が手を合わせる。間違ってはいないが、この場合は間違っている。
と、今まで黙っていたランティスが動いた。
「ヒカル」
大きな手が小さな手を包み込む。
「今すぐケッコンしてくれ」
「ヒカルをなんだと思ってるんですか」
空手チョップのようにしてランティスの手首を攻撃してその繋がりを絶つ。顔は笑っているが、もう少しで青筋が出てきそうだ。イーグル自身も誤解は解きたいが、そのために光が結婚するのなら、その相手は彼ではなく自分がいい。
というか、そのために光を使うというのは、なんだか道具のように扱っているような気がする。
「駄目だよランティス、私まだ16歳じゃないし」
「この世界では問題ない」
「年齢より気持ちの問題でしょう…ところで、オートザムはココとは違って結婚の制度がありますから、大丈夫ですよ」
柱制度とほそぼそとした王政で支えられていたセフィーロには法は全くといっていいほどないが、軍事国家であるオートザムには法律は山ほどある。人口の多さも手伝って、結婚や婚約も法でしっかりと定められていた。それは別としても、気軽に結婚の話などしているが、実は告白やお付き合いはまだしていない。それこそ「友達以上恋人未満」の関係である。
「法律くらい、セフィーロにもそのうちできる」
「どうでしょうか」
ポーカーフェイスと無表情の戦いのため、光にはその火花はほとんど見えていないのだが、(そっか、セフィーロも色々決めないといけないよね。風ちゃんとフェリオのこともあるし…クレフに相談しなくっちゃ)とかなんとか考えていた。
「ところでヒカルは、結婚したい人はいるんですか?」
いつかのランティスと同じ質問をぶつける。なんだかんだで思考回路が似ているのかもしれない。
「ランティスとイーグル」
そして返ってくる言葉も同じ。しかし、ランティスの名前が先だったのがイーグルには少し気に入らなかった。
第一、三人で結婚したのでは、結局は「お婿さん同士もお友達以上の仲ですから、本当に良い結婚をされましたわね」ということになりかねない。
「ヒカル、結婚相手は一人に絞りましょう」
「セフィーロでは大丈夫だよ!」
元気一杯の返事だが、どの辺りが大丈夫なのかわからない。年齢や法律より大丈夫ではない。法律はなくても、セフィーロにだって一夫多妻やその逆はない。言っている人物が柱になりえた少女なだけに、妙な説得力もあるのだが。
(大体、子どもはどうする)
生々しいので口に出しては言わなかったが、もしも三人で結婚した時のことをランティスは考えた。イーグルと光の子どもを目の前にして暮らすのは、自分には耐えられない。逆に、もし自分と光に子どもができたら、イーグルはどうするだろうか。子どもを味方につけ、二人で自分を苛めてきそうな気がする。…やはり耐えられない。
しかし、そんなことは光は考えてもみないだろう。日本の保健体育で光が子どもについて理解できるかどうかは難しいところである。牛乳を飲んだら子どもができると思っていてもおかしくない。この国では「信じる心が力に」なってしまうのも、一つの問題だが。
「ヒカル、こんなことを言うのは心苦しいのですが…」
黙々と考えていたランティスが顔を上げる。
「ランティスにはプリメーラがいますから」
(なんてことを言うんだ!!)
イーグルの言葉にそう叫びたかったランティスだが、無口な彼は、すぐには口を開くことができない。
「そっか…」
光が寂しそうな声を出して考え込む。肯定してほしくはなかったが、寂しく感じてくれるのはランティスには嬉しい。それだけ好いてもらっているということだから。
というか。
「お前だって国に恋人の一人や二人いるんじゃないのか」
大統領の息子なのでそれなりに有名で、それなり以上にモテた。実際、オートザムからわざわざお見舞いに来た女性も多い。主に魔法騎士が来ていない(地球での)平日に、だったが。
「変なこと言わないでくれますか?」
光の前で。
「あ、あの、でも、単なる私の願いだし、私まだ子どもだし、あんまり深く考えなくっても」
むしろもう少しでいいから深く考えてほしいと二人は思った。
「それに、もしかしたら東京で結婚相手が見つかるかも」
光は二人を励ますために言ったのだが、この一言にランティスもイーグルも固まった。向こうで何が起こっても、二人にはわからない。そのことに改めて気づき、なんだか恐ろしくなった。
「ヒカル!」
同じように叫ぼうとしたイーグルより先にそう叫んだランティスは、光の両頬を手で包んで少し強引にこちらを向かせた。
「俺はお前を愛している」
その言葉にイーグルがぽかんと口を開けた。意外と行動力があるところも知っていたつもりだが、ここまでとは思わなかったのだ。
光はといえば、いくらなんでもそう言われれば相手が自分をどう思っているのかがわかり、火が出そうなほどに顔を赤くしている。結婚では伝わらない辺りが、彼女の思考回路は少しおかしいが。
「ぼ、僕のほうが」
ランティスの両手を叩き落して、光を自分のほうへ向かせる。
「僕のほうが、あなたを愛しています。あなたのためなら、国も友も捨ててみせます」
確かに結婚するなら実際そうなるだろう。光が住むなら東京かセフィーロであって、オートザムとは考えにくい。そうなれば、オートザムに住む友人にはなかなか会えない。具体的に考えれば「そりゃそうなるだろう」な問題でも、イーグルが言うとなぜか必要以上に凄いことに聞こえてしまう。しかも、この場合は聞き手が光である。
ショックが大きすぎたらしく、ランティスの告白とは逆に光の顔から血の気が引く。
「僕は、あなたから離れたくないんです」
青ざめたのを見て、再度告白。血は再びのぼってきたが、光は精一杯首を振った。
「ダメだよ! 来週テストなんだ!」
混乱すれば混乱するほど光は言うことがめちゃくちゃになってくる。東京に二度と帰るなと言ったわけではないのだが。
結構な策士であるイーグルは上手くいかないことに焦ったが、それはランティスも同じである。何日分もの労力をつぎ込んでの告白が、イーグルの言葉であっさりと忘れられてしまったのだ。
「ヒカル」
もう一度、ランティスが呼ぶ。一度目を合わせた後に、ちょっと困惑して視線が泳ぐ。ランティスの言葉も完全に忘れられてはいなかったらしい。
「ヒカル、僕と彼と、どちらがより好きなんですか?」
「私は…」
視線を泳がせる。…睨まれている。いつも微笑みを絶やさないイーグルに。温かい視線をくれるランティスに。
光の顔が、火が出そうなほどに真っ赤になる。
「どっちも好きだ!」
「「!!」」
慌てて二人が手を離す。
文字どおり光の体から火が出たからだ。
「ごっ、ごっ、ごめんなさい!!」
マントや髪に飛び火したのを見て、光が慌てて手で叩く。
「け、怪我してる!」
二人の手の火傷を見て叫ぶ。火傷といっても、すぐに手を離したので赤くなっただけなのだが。
「どどどどうしようっ」
今にも涙を零しそうになりながら混乱してわたわたしている光を、イーグルが手で制す。本当は、抱き締めてあやしたいところだったが、全身火傷は負いたくなかった。
「大丈夫ですよ。回復魔法を頼みに行きましょう」
「…そうしよう」
「わ、私、呼んでくる!」
駆け出した光の後から、二人がゆっくり歩き出す。
「……誤解を解くより、こっちのほうが難問ですね」
二人同時に、盛大な溜め息をついた。
この調子は、きっとしばらく変わらない。
2006年08月02日UP
烈火ということで、とりあえず火なんか出してみる。