その向こう側2 1
獅堂家の食卓。母一人に息子三人に娘が一人。上座は空いている。
「そういえば、今度のお祭り」
母親が、何気なく話題に出した。今度のお祭りとは、近所の商店街のお祭りのことだ。花火が上がるわけでもない、名も知らないもの。規模はそれなりに大きいが、有名なものではなかった。
「光は行くの?」
ご飯を口に含んでいた光は、こくんと頷く。
「じゃあ折角だから浴衣を出すわね。お祭りの時くらい、おしゃれしなくちゃ」
なんだか母親は妙に嬉しそうで、それはどことなく何かを企んでいるように見えたが、子どもはそれには気付かない。長男は淡々と食事を進め、その下二人が末っ子を凝視している。
「誰と行くんだ?」
優がさり気ない様子を装って尋ねる。しかし、目が尋常でない光を放っていて恐い。
その微妙な「さり気なさ」を偽りと見破り、光はご飯を飲み込みながらもどこかムッとしながら投げやりに答える。
「海ちゃんと風ちゃん」
疑わしそうな視線が兄二人から注がれて、光はさらにムッとする。
「本当に海ちゃんと風ちゃんだってば!」
「追加メンバーがいるんじゃないか?」
「いないよ!」
ぷい、と顔をそらす。意図してかどうなのか、思いきり首を振ったので長い三つ編みが隣に座った翔にべしっと当たった。
実は最近、下の息子二人と娘一人が微妙にケンカをしている。セフィーロ(とオートザム)の人々が訪れてからというもの、何をするにも以前以上に兄の目が厳しくなったので、光もいいかげんうんざりなのだ。東京タワーへ行くのをやめさせようと邪魔をされて約束の時間に遅刻したり、どこかへ行くのにこっそりついてこられたり。
剣道の稽古中もその雰囲気を引きずるので、覚は練習試合で光と兄二人が当たらないようにしている。獅堂家はどちらかというと指導する側なので、元々あまり当たることはないのだが。
しかし、父の代わりとはいえ師範を務める者として、それ以前に長男として、このままではいけないと覚は考えていた。
「来てもらってはどうだ」
一瞬なんのことかと思い、全員の動きがぴたりと止まる。
「あら、誰に来てもらうの?」
兄妹ゲンカの原因も知らない母は、先程から何が起こっているのかちんぷんかんぷんである。
「なんでだよ、兄さん!」
すぐに優が噛み付くように吼える。
「誰と仲良くするかは光の自由だ。そろそろ妹離れしたらどうだ?」
あと十年もしない内に、光は嫁いでいくかもしれない。彼女のもつ家庭が地球にあるのか異世界にあるのかはわからないが、いつまでも結婚しないわけではないだろう。その予備練習は必要だと、覚は思ったのだ。自分が結婚を考えるような年になって、改めてそう考えるようになった。いつまでもこのまま家族五人で…というわけにはいかない。
「日本のお祭りのようなものも、きっと向こうにはないんだろう? だったら楽しんでもらったらどうだ」
思いがけない言葉に、光はきょとんとしながらも頷く。
「外国の方がいらっしゃるの?」
まだ話が見えない母親には、誰も返事はしなかった。
基本的には魔法騎士以外行き来はしない、という決まりは早々に破られることになったが、クレフを説得したのは海と風だった。
「会ってみたらわかると思うんだけど、あのお兄さん達は確かに過保護よ。うちは私一人しか子どもがいないけど、うちの親はあんなに過保護じゃないもの」
「覚さんのおっしゃった妹離れというのも、頷ける話ですわ」
「あのお兄さん達だもの、別に相手がランティスやイーグルでなくても、クレフでもアスコットでもフェリオでも誰でも近づけさせまいとするわ。モコナにすら嫉妬するかも」
いつも光に抱えられ頬擦りされていたので、嫉妬しないとは断言できない。悲しいことに。
「私はセフィーロが好きだ。これからもここに来て皆に会いたいけど、もう少し兄様達にわかってもらわないと、来るの禁止されちゃうかもしれない」
この国では誰より強い心の持ち主だというのに、向こうの世界ではなんと非力なのだろう。今だ地球に行ったことがないクレフは不思議に思う。魔法騎士達からすればこの国こそ不思議いっぱいだが、この世界の人々にとっては地球が不思議いっぱいなのである。
「まぁ、地球の文化というのも勉強になるからな。ここ最近は大きな仕事もないし」
近頃は古い文献の整理ばかりで、それほど急ぐようなことでもない。何より読書好きのクレフが行うので、単なる整理というよりは読み漁りといったほうが適切かもしれないのだが、人に邪魔されたくないので一人でしているのだ。他の者は主に日常の業務を行っている。
「お祭りなど賑やかな場所には、悪い意味で賑やかな方達も集まりますから…この世の全員がセフィーロの人達のように穏やかではない、という勉強にはなるかもしれませんわね」
「嫌なこと言わないでよ…」
にっこり笑っている風がどことなく恐ろしい。彼女は祭りに行ってそういう輩の観察でも行うつもりなのだろうか。
「これからは他国からも大勢人の出入りがあるだろうからな、確かにそれは勉強になるかもしれん」
なぜだかクレフが納得する。海の頭の中には一昔前の不良の姿が思い描かれていた。そして「本当に勉強になるの?」と首を傾げる。
「お祭りは七日後なんです。昼頃に迎えに参りますわ」
風はフェリオに向かって告げる。当然のように彼は行くことになっていた。「前日に急いで仕事を終わらせるか」と、フェリオも風のためなら苦手なデスクワークをこなしてしまう。
もちろん、ランティスとイーグルも行く。むしろ二人が来なくてはどうにもならないのだが、どちらか一方、という考えは誰にもないらしい。それでいいのか悪いのか。
ちなみに、前回とは違い精一杯の勇気を込めてアスコットが地球行きを志願したので、彼も行くことになった。あっさりOKが出たのは「別にどうでもいいからだ」と思われている…という風には考えないでおく。とにかく行けることになったのだから。とりあえず、話し相手ができる海も嬉しかった。前回はどうにも寂しさを感じずにはいられなかったので。
「ごめんね、二人とも忙しいのに…」
「いえいえ、いつかは闘う日がくるものですから」
交換日記も、約束だった一冊目が終了してしまった。その次は何をしていいのかを尋ねなくては、と彼は考えていたのだ。
「剣がいるのか?」
闘いと聞いて、何か違うものを思い浮かべる男がいる。
「違いますよ、そういう表現です」
誤って真剣で闘われたりした日には、それこそ取り返しがつかなくなる。しかし「表現です」と言われても、ランティスはまだよくわかっていないようだった。
「トウキョウのお祭りというのも初めてですからね、楽しみにしていますよ」
そうして、セフィーロの人々が再び東京を訪れることが決定した。
2006年09月17日UP