翠の国へ 1
隣国への訪問の話が出たのは、いつものように開かれた四国会議(兼お茶会)でのことだった。
新しい制度の元で始まったセフィーロの慌しさが落ち着き、イーグルが国へ帰れるようになり、のんびりとしてきた頃(元々のんびりした国ではあるが)。
「我がファーレンは、魔法騎士の噂で持ちきりじゃ」
「そうなさったのはアスカ様でしょう…」
ファーレン特産の桃饅頭を頬張りながら威張るアスカの隣で、控えめにサンユンが口を挟む。
アスカの言うとおり、ファーレンはその噂で持ちきりだったが、それを広めたのはアスカ本人である。主に魔神のことであったりするのだが。
「皆セフィーロに強い関心を示しておる。じゃから、魔法騎士にぜひともファーレンに来てもらいたいのじゃ」
チャンアンが居れば「また我儘を!」と言われるところだが、彼は老体なので、セフィーロまでの長旅は中々できるものではない。今回は特に重要な会議ではないということで、この場には居合わせていなかった。
当の魔法騎士は渋い顔をしていたが、意外にもその意見に賛同したのは導師クレフだった。
「三国には色々とお世話になっているので、正式な訪問もするべきだと思っていました。今は訪ねていただいてばかりだ」
「そうじゃろうそうじゃろう!」
「アスカ様、遊びではないですよっ」
「いつにしようかのう。何人来てくれるのじゃ?」
大声で叱るチャンアンにも動じないアスカに、サンユンの声は全く聞こえていなかった。やはり彼には、アスカの世話は荷が重い。
「でも、クレフ…正式な訪問っていうんなら、セフィーロの人が行ったほうがいいと思うわ」
どうも気乗りしない、といった感じの海に、隣で風も肯いた。
「アスカさん、魔法騎士は英雄でもなければ、決して褒められた存在でもありませんわ。ですから、公の場に出て行くのは…」
「その事についてはもう話しただろう」
風の肩に、フェリオの手が置かれる。それ以上は何も言わせないように。
「もう少し、自分に自信を持ってくれ」
「フェリオ…」
二人には二人だけの話し合いがあったのだろう。暗い話になったり二人だけの世界に入ったりと忙しそうな恋人達に咳払いをしつつ、クレフは話を進めた。
「しかしまぁ、どちらにしても魔法騎士だけに任せるわけにもいかん。セフィーロからも一人代表を出すし、負担にならないよう魔法騎士にも分担して訪問してもらおう」
「それでは、お二人、訪問してくださるんですね?」
タトラが微笑む。
「そういえば、チゼータは最近雨が少なくて困っているんです」
何気なく語る彼女の隣で、タータは頬をひくひくさせた。「水の魔法を使える人間をよこせ」と言っているようなものだ。何をしにチゼータへ行くのかよくわからないが、これも「足りないものを足りたもので補い合う」ことなのだろう。彼女らの守護精霊は、飲むことはできても吐き出すことは無理だ。できたところで誰も想像すらしたくないが。
「それなら、私とウミが行こう」
クレフがあっさり決めてしまう。えーとかうーとか色々ともじもじしているアスコットが視界に入ったが、クレフにはその理由まではわからなかった。わかっていたところで、アスコットを使者にする気など全くないのだが。クレフとは逆に、見た目は大人でも中身は子どもである。
「それなら、ファーレンにはフウが来るのじゃ!」
風にすっかり懐いているアスカが、当然のように風を選ぶ。そうすると、自動的にフェリオもついてくる。
「それじゃ、オートザムに来るのはヒカルとランティスなんだな」
ザズが嬉しそうにジェオへ語りかける。そういうことだな、とジェオもうなずき、自分の司令官を見てみると…。
「…おい、イーグル」
背もたれに寄りかかって気持ちよさそうに眠っている。その隣で、珍しく光まで舟をこいでいた。頭があっちへこっちへと動くたびに、長いみつあみまでぴょこぴょことはねている。
もちろんイーグルは、声をかけられたくらいで起きるような人間ではない。それなら、会議中に居眠りなどしないだろう。ジェオはクレフにすまなそうに頭を下げ、ザズもちょっと苦笑いした。
「一番心配なのは、そこなんだがな…」
やはり自分がついていきたい、とクレフは思ったが、今はとりあえず弟子を信用することにした。命がけで「柱になった少女」を守ってくれるだろうし、一応は旅をした経験もあるのだから。
そんなわけであっさり決まってしまった隣国への訪問だが、訪問先の国では大騒ぎだった。今まで鎖国状態だったセフィーロに、それだけ関心があるのだろう。
「踊りを見せてくれるのはいいけど、一緒に踊れって言うんだもの。クレフなんか、小さいから引っ張りまわされちゃって」
重役が一度に城を空けるわけにもいかず、日程をずらして訪問したのだが、初めはチゼータからだった。
「とりあえず、雨の代わりに魔法も使ってきたけど…やっぱり、セフィーロから離れると威力が落ちるわよね。だいぶクレフに助けてもらったわ」
行く先々で水の龍やら蒼い竜巻やらを披露していたらしい。その度にむやみやたらと感心されて、どうにも落ち着かなかったようだ。
「私は、色々な所を見せていただきましたわ。ファーレンには長い歴史があるそうで、遺跡もたくさんありました」
救助のようなことをしていた海とは逆に、風は社会見学へでも行ったようだ。彼女にとっては楽しかったので良かったのかもしれないが。
つい先程セフィーロへと帰ってきた風は、鮮やかなエメラルド色のマントを取り外すと、丁寧に畳んだ。
「それにしても、やはりこういう衣装は慣れませんわね」
そうねぇ、と海も同意する。セフィーロの使者としての訪問ということで、セフィーロの服を着て行ったのだ。宝玉や金の縁取りのついた、布がたっぷり使われたもの。この国では見慣れたものだが、実際に着てみると、やはりなかなか慣れずに動きづらい。
「じゃあ、私、このままで…いいよね?」
今日の昼に出発予定の光が、地球の普段着を指で摘んでみせる。オシャレなど、気恥ずかしくてできるものではない。
しかし、気恥ずかしいのは三人とも同じ。その中で、一人だけ逃れられるはずもない。
「だ・め・よ」
「光さん、どんな時も三人一緒ですわ」
この上なく嬉しそうな楽しそうな顔をした二人が両サイドから光を捕まえる。こうなってしまうと、もう逃げられない。
「ねぇ、みつあみはやっぱり解くわよね?」
「もちろんですわ」
「う、うっとうしいからイヤだ!」
「光だって、私の髪編んだじゃない」
「私に眼鏡を外すようにおっしゃいましたし」
「…そうだったっけ…」
そう言われてしまうと抵抗するのも悪いような気がして、結局はされるがままになってしまう光だった。
2007年08月05日UP