Polaris

翠の国へ 2

 チゼータやファーレンの時もそうだったのだが、オートザムも迎えは小さな乗り物だった。侵攻するわけではないので、戦艦で来る理由はない。

「小さい分、精神エネルギーの消費も少ないし、速いんだがな」

 速いのはいいが、やっぱり狭いな。とジェオはぼやいた。今は座っているが、立つと彼の頭は天井に届いてしまうのだ。この船の中で悠々と立っていられるのは光とザズだけである。ちなみに、狭いが故に、今は四人しか乗っていない。

 この船を任されているのはジェオだ。イーグルはというと、向こうで出迎えのお役目になっているらしい。

「もう少しで着くだろう」

 複雑そうな機械を片手で操作する。オートザムの文字がスクリーンにパラパラと映し出されるが、光には何が書いてあるのか検討もつかなかった。

「でも、きっとイーグル驚くよ。オレだってビックリしたし」

 ザズが、改めて光を見る。

「うん。変だよね、これ…」

 どうもしっくりこないのか、サークレットを指でいじる。

 勘違いしている光に、ザズは必死に首を振った。

「全っ然変じゃないよ! すっごい可愛いって!」

 あんまり一生懸命なその様子にジェオは笑ったが、逆にランティスは顔をしかめた。もっとも、いつも似たような顔をしているので、ザズには普段の無表情のようにしか見えなかったが。

「そんなことより、着くぞ」

 ジェオの言葉に、三人は一斉に窓の外を見た。視界いっぱいに広がる星。人工の灯りがはっきりと見てとれた。

「雲が…」

「ああ。ちょっとは改善されただろ?」

 ランティスの呟きに、ザズが笑顔で答える。

 ランティスがいた頃のオートザムの空は、常に霧のような黒い雲に覆われていた。現在は、綿のような白い雲―――まではいかなかったが、すっきりと視界は開けている。

「もうほとんどの場所でマスクもいらないんだ。水も大分飲めるようになってきたし。土はまだ問題あるけど…でも、こんなに早く良くなっていくなんて、皆びっくりしてる」

「まだ問題は山積みだがな…おっと、そろそろ準備しろよ」

 ジェオが再び機械を操作し始める。光の目に、空港のようなものが見えてきた。滑走路のようなものはないが、自分達が乗っているような船がいくつか出入りしている。

 着陸のために席に着く。飛行機のような衝撃を予想していたが、船はまるでエレベーターのように、一瞬浮いたように感じ、その後にしっかり地面についた。

「お嬢ちゃんはランティスの後からな」

 扉を開けようとしているザズの後ろに居た光を促す。

「そうなのか?」

「じゃ、行くぞ」

 ザズがボタンを押すと、サッと扉が開いた。

「イーグル! こっちこっち」

 光にはランティスの背中しか見えないが、エンジン音のようなものが聞こえてくる。その音が途絶えたかと思うと、前に居たランティスが歩を進めた。

 外に出た瞬間、目が眩んだ。夏の太陽の下に出たのかと思ったが、目が慣れてくると、それが人工の光だとわかった。スポットライトのようなものがこちらを照らしている。

 船から少し離れたところに、イーグル。それから多くの人々。あまりに大勢居たので光にはわからなかったが、オートザムの人間ばかりではなく、チゼータやファーレンのマスコミも居た。

「ヒカル」

 ランティスの声に、ぼんやりしていた頭が覚醒する。少し心配そうな瞳をしている彼に、大丈夫だと笑ってみせ、それからイーグルに目を向けた。

「こんにちは、イーグル」

 光の声に、こちらもぼんやりしていたらしい。ちょっと驚いたような顔をして、それからいつもどおりににっこり笑った。

「すみません。あんまり綺麗なんで驚いてしまいましたよ」

 光の頭を撫で、いつもは結われているウェーブのかかった髪に触れる。

「折角ですから、いつもこの髪型でいたらどうです?」

「…イーグル、そろそろ出発したほうがいいんじゃないか?」

 相変わらずのマイペースな様子に半ば呆れながら、ザズが車を指差す。マスコミの目などイーグルにはあってないようなものだが、一緒にいるジェオやザズは落ち着かない。

 ジェオを運転手にして、残りの四人が乗り込んだ。

「…どうしてそんな変な顔してるんですか?」

『ドラえもんに出てきた未来の車みたいだ』と思って感動している光を挟んでイーグルとランティスが座っているのだが、いよいよランティスの表情が恐ろしいものになっている。もっとも、イーグルには少しも恐くはなかったが。

 ランティスは何も言わず、さりげなく光の肩に回されていたイーグルの手を摘まみあげてポイと投げ、そっぽを向いてしまった。

「あんまり独占欲が強いと、嫌われちゃいますよ? ね、ヒカル」

「え? 何?」

 きょろきょろと物珍しげにあちこちを見ていた光は、イーグルとランティスのやりとりに全然気づかなかった。いつものことだが。

「オートザムへようこそ、と言ったんですよ」

「そうそう! 折角来たんだから、楽しくいこうぜ」

 助手席に座ったザズが、後ろを振り返って笑う。

 走り出した車は人の壁の間を通り、そのまま空港を後にした。

 お腹と背中がくっつく…とまでは言わないが、小腹が空いた。オートザム時間は理解できないが、少なくとも光の腹時計は3時だと告げている。

「…ここであってる…よね?」

 ロビーのオブジェの前に集合、と言われたのだが、どこもかしこも珍しいものだらけでよくわからない。

 光達は空港から、軍の本部へと来ていた。イーグルに用事があったからだ。ちなみに、到着した時間が遅いので、今日の予定はディナーパーティーのみとなっている。

 身支度を整えるのに応接間を使わせてもらったものの、化粧直しをするわけでもないのでさっさと出てきてしまったのだ。しかし、当然、集合場所には誰もいない。

(なんだか、皆忙しそう)

 軍服を着た人々が行き交う。どう見ても仕事中の様子で、ぽつんと立っている自分がどうにも場違いだ。オートザムのコートを借りていてよかったと思う。もしセフィーロの格好そのままだったら、場違いどころではないだろう。ちなみに、今はサークレットの代わりに妙な装置をつけていた。オートザムでは必需品となる、精神エネルギーを使う時に必要とするものだが、光にはそんなことはわからない。そのため、装置から伸びたコードの先は宙でぶらぶらと揺れていた。

「忘れていますよ」

 優しい女の人の声にびっくりした光だが、女性はコードの先をコートの端末に繋げただけだった。

「ありがとう」

 コードの意味はよく知らないが、とりあえず自分のために何かをしてくれたことに礼を言う。女性と、その隣に立った男性はにこにことしていた。

「しかし君、迷子かね? こんなところに居てはいけないよ」

 軍の本部など、女の子が一人でうろつく所ではない。

「あの…でも、人を待ってて」

 光の言葉に二人が不思議そうな顔をしたので、慌てて付け足す。

「なんだか、手続きとか報告とかって言ってたから、すぐ来ると思う」

 そう言うと、何か納得したのか女性がポンと手を叩く。

「もしかして、旅行にいらしたのかしら?」

「ああ、そうか。今は多いからな」

 男性も納得したようで嬉しそうな顔をする。ついこの間まで、オートザムに旅行に来る人間など滅多にいなかったのだ。

「ホテルをとるのも大変だったろう。今はどこも満室だ」

「国のお話を聞きたいわ。少しの間、お茶でもどう?」

「そこのカフェからならここが見えるぞ。待っている人が来たらすぐにわかるだろう」

「お金の心配ならしなくていいから。さぁ、さぁ」

「えっと…」

 満面の笑みでマイペースに急かされ、光は返事もできずにつれていかれた。もっとも、お腹が空いて切ないのも大きな原因だった。

(…出てこない)

 イーグルが用事を済ませるのを扉の前で待っていたが、ランティスは嫌な予感がした。あまりにも遅い。「ちょっと待っててくださいね」と言われた以上、光の所へ行くこともできずに仕方なくここにいたのだが、もう我慢できなかった。

「おい、イーグル」

 ノックしてみる。返事はない。…となると、考えられることは一つしかない。

 暗証番号を入力して扉を開ける。

 するとすぐに、椅子の上でうつらうつらしているイーグルの姿が目にとまった。

「イーグル!」

 少し大きな声で呼んでみるが、やはり起きないので、ランティスは机の上にあった書類の束でその頭を軽く叩いた。

「…友人がバカになったらどうするんですか」

 二発目を叩き込もうとした時に、彼はのんびりとあくびをしながら立ち上がった。

「用事は済んだのか」

「返事を待っているんですよ。遅いのは僕が悪いんじゃありません」

 上はお年寄りが多いですからね、と普段は言わないようなちょっとした愚痴を言うのは、ここにいるのがランティスだけだからだろう。何を言っても、彼はあまり反応しない。光に関することだと話は別だが。

 今も、イーグルの言葉が聞こえていたのかいないのか、窓辺へと目をやっていた。楽しむべき景観もないこの国の窓は小さく、目を楽しませるものといえば、その傍に置かれた小さな植木鉢だけだった。

「あ、それ」

 ランティスの視線の先に気がついて、イーグルが植木鉢へと近寄る。そこに咲いた一輪の白い花に、触れるか触れないかという程度に手を近づけた。

「さっき咲いたばかりなんです。出かける時にはまだ蕾だったんですけど」

「…セフィーロから持ってきたのか」

 イーグルはにこりと笑った。白い花は、セフィーロでは比較的よく目にするもので、それほど珍しい種類のものではない。

「土もセフィーロのものですけど、水と空気はこの国のものです。セフィーロの花だったら咲いてくれるかもしれないと思ったんですよ」

 ある程度までは環境は改善したが、自然が育つには、まだこの国は汚染されすぎている。設備が整えられている公園ならともかく、植木鉢に咲いている花はオートザムではこの一輪だけかもしれない。

 ランティスは何を言うでもなく、じっと花を見つめていた。

「この国目まぐるしいほどの速さで良くなっています。僕の病気だって、予想より早く良くなりました。どちらも、取り返しがつかないものだと言われていたのに…心の力というものには、本当に驚かされますね」

 セフィーロの「信じる心」によって生まれた力が他国にまで影響するのかどうか。調査こそ行われていないが、今は大きく影響しているように思える。他国を外敵として殻の中に閉じこもっていた時でさえ、ランティスは精獣に乗って旅をすることができたのだから、開かれた今の状態ならば魔法という形を成していなくとも心の力は届くのだろう。

「今まではどんなに手を尽くしても良い反応を見せてくれなかったものが、急に良い方向へ向かってくれるんですから…自分達の技術力だなんて慢心してはいけませんね」

「…誰かに、この話はしたのか?」

 オートザムの環境改善に、心の力が影響しているという話。

「ジェオとザズと…あと、両親にもしましたね」

 病気の話をした時に、少しだけ。実感したことがない彼らには、あまり伝わらなかったかもしれないが。

「大丈夫ですよ。心の力に頼りきらないよう、自分達にできることをしていきますから。無茶をしすぎる心の強い人を、少なくとも二人は知ってますからね」

 お前もだろう、とランティスが返すと、イーグルは可笑しそうに笑った。

 2007年08月07日UP