10 出航
ファーレンの船に、積み荷が行き来している。チャンアンは、自国に手配するより早かろうと、チゼータに向かっていた商船を急遽呼び寄せてくれた。
結局、セフィーロに足りないのはこれなのだとクレフは考えていた。
他国を見ていて痛感するのは、自国の底力のなさだった。個人の能力が秀でていても、圧倒的に数が足りない。足りない故に、連携もできない。
魔法力のある者を仲介にして光を探すと言ったが、結局は海と風を頼りにせざるを得なかった。偽者の歩き回っているランティスを動かすわけにはいかず、アスコットではまだ力不足なのだ。魔導師として優秀だったアルシオーネもザガートも今はいない。
さらに今は国内の混乱で手一杯で、あまりにも人手が足りなかった。
「クレフさん」
振り向いた先にいたのは、ファーレンの衣装を身に着けた風だった。袖から偶に顔を覗かせる、緑の宝玉が輝くグローブだけが少しちぐはぐしているが、ファーレン人だと主張しても違和感ないほどに着こなしている。
「モコナさんをご存じありませんか?」
唐突な名前に、クレフは目を丸くした。緊張感を削ぐあの顔と声が脳裏に甦る。普段であればクレフの書類で遊んだりと城の中でやりたい放題やっているが、ここ最近は見かけていない。クレフ自身それどころではなかったので、すっかり失念していた。
「しばらく見ていないな。モコナがどうかしたのか?」
「以前の旅でもお世話になったので、今回もご一緒できれば心強いと思ったんですが…」
「モコナのことは私が気に留めておこう」
風の背後に立ったラファーガは、安心させるようにその肩を軽く叩いた。風もそれに笑みを返す。彼の後からも、クレフを中心に続々と人が集まってくる。出発の時刻が迫っていた。
「風、行きましょう」
駆け寄ってきた海は、風と同じデザインの青い衣装を纏っていた。風より少し背が高い彼女は、その衣装によって更にすらりとして見える。海はクレフの方をちらりと見遣ったが、目が合ったと思う間もなく視線を逸らした。
「ウミ、フウ」
船へ向かいかけた二人が振り返った。自分はいつも見送ってばかりだとクレフは思う。導師として、今国を離れるわけにはいかないということは分かっているが、危険と分かっている場所へまた少女達を向かわせてしまうのは、やはり気持ちの良いものではない。
「…すまないが、よろしく頼む」
「私達は、自分の友達を助けに行くだけよ」
だから、貴方が気を病むことはないわ。言外の海の言葉に、クレフは久しぶりに口角を少し上げた。言うことははっきり言う。だが、口にしない彼女の気持ちの部分にも、溢れるほどの優しさがあるのが感じられた。
少女二人が船に乗り込むのを待って、ラファーガがクレフに近付いた。
「村の方で動きがあったと報告がありました。私がこれから現地へ向かいます」
クレフが一つ頷くと、ラファーガは近くに控えていた親衛隊員を連れて足早に去っていった。
ファーレンの商船がセフィーロの空からゆっくりと消えていく。それを見送ったフェリオは、今度は地上へと視線を落とした。
彼女達を直接見送らなかったのは、自分にできることをすべきだと思ったからだ。剣くらいしか取り柄がない自分が嫌になるが、そんな自分にもできることはある。
目の前には、変わり果てた村の姿があった。店は全て閉じられ、ここしばらく開けられた様子がない。家の庭先には洗濯物が干したままになっているが、衣類はぐちゃぐちゃのまま、なんとか引っかけただけのようだ。子ども達の話では、フェリオ達が魔物討伐に走り回っている間、大人達は普段の生活を放り出していたそうだから、子どもなりに何とか頑張った結果なのだろう。
問題の大人達は、朝にはぼんやりとでも起きている様子だったそうだが、今は所構わず眠りこけている。さすがにそのままにするわけにもいかず、手分けして城へ運んでいる最中だった。
(しかし、大人だけってのが気になるな。城の連中に手が出せなかったのはともかく、セフィーロ国民の意志の力が必要ってんなら、子どもだって戦力外じゃない。)
むしろ、洗脳するなら子どもこそ利用しやすそうなものだ。導師クレフのように実年齢と外見が一致しないなら話は別だが、村の子ども達はそういうわけじゃない。
相手の魔法は、子どもには効かないのだろうか。もしそうなら、線引きがどこにあるのかが気になるところだが―――。
腕を組んで考え込んでいたフェリオを、大きな影が覆った。
「フェリオ!」
見上げると、アスコットが魔獣から慌てて飛び降りてくるところだった。先程、乗せられるだけ村人を乗せて城へ向かってもらったのだが、妙に帰りが早い。
「他の村から報告があったんだ。皆眠ってるんじゃないって」
そう言うなり、焦った様子で手近の村人を担ぎ上げる。
「どういうことだ? これがどんな魔法か分かったのか?」
「分かんないけど、でも、皆衰弱してるんだ。心を使い過ぎちゃってて。このまま使い続けたら危ないって」
魔導師でないフェリオでも、その言葉の意味が分からないわけがなかった。
「分かった。お前の友達の力を、もう一人分借りられるか? この村はもうすぐ全員城へ収容できる。お前は他の村を手伝ってやってほしい」
「う、うん」
アスコットは新しい魔獣を招喚すると、担いでいた村人を預けて口早に話をし、乗ってきた魔獣ですぐに空へ上がった。
「俺達も急ごう。すぐに城へ帰るぞ!」
一緒に作業にあたっていた親衛隊員も、事態を飲み込んでスピードを上げる。やや乱暴に扱っても仕方がない。死ぬよりはマシだ。
フェリオも半ば引き摺るようにしながら、村人を抱えて走った。
(なんだってんだ、一体)
心を使いすぎる―――魔導師がよく口にする言葉だった。魔法は剣術などとは違い、特に心が大きく影響するものだという。では無限で使えるのかと言えばそうではなく、「心を使い過ぎた」状態―――意識を失ったり、衰弱したり、度を越えれば死に至るケースもあるという―――になるらしい。
魔法を使ったことのないフェリオにはピンとこない話だったが、理屈としては分かる。意志の力とて有限なのだ。オートザムが精神エネルギーの枯渇で苦しんでいるように。姉の心が、セフィーロとザガートの両方を想うことができなかったように。
心を使い過ぎた場合、基本的には成り行きに任せるしかない。ゆっくり休養すればいずれは回復する。けれど、アスコットは「このまま使い続けたら」と言った。どの村人も意識を失っているにも関わらず、だ。成り行きに任せられる状態ではないのだろう。
大の男を担いで走りながら、ふと、既視感が頭の隅を掠めた。この忙しい時に、と残りの頭が舌打ちする。
(ああ、あれだ。イーグルだ)
あの時、割とパニックになったよなぁ、などと、頭の隅だけ妙に暢気だった。焦る心を鎮めようとしているのか、余計に混乱させようとしているのかは分からなかった。
2014年06月09日UP