11 霧中
『ジェオ、調子はどう?』
腕につけた端末から、小さなザズの姿が浮かび上がっている。
「ああ、今のところ大丈夫そうだ。問題は向こうの国に入った時だが」
『こっからでもちょっとくらいは調整できるから、何かあったら言ってくれよ』
『ジェオ、定期報告は忘れないようにしてくださいね』
「…お前がそれを言うかよ」
敵地に乗り込んだまま音信不通になりやがったくせに。
ザズの隣に姿を現したイーグルは、「そんなことは忘れました」と言わんばかりの笑顔だった。
「何をしてるの?」
耳慣れない声に腰を浮かしたが、入ってくる人物の姿を見て、ジェオは改めて腰を下ろした。さっさと挨拶をしてザズとの通信を切る。
海と風が、ジェオの向かい側に腰掛けた。お互い簡単に自己紹介は済ませていたが、ほぼ初対面だ。
「お邪魔でしたでしょうか?」
「いや、ザズと通信してただけだ。ちょっとした動作確認だな」
端末をいじると、今度は違う映像が浮かび上がった。白い点の傍に、青と緑の点が点滅している。
「これはお嬢ちゃん達二人を示してる。さっきザズがデータを取らせてもらったと思うが、それで位置を把握してるんだ。以前取ったヒカルのデータも入ってるから、向こうに着いたら使おうと思ってな」
「便利なものがあるのね」
空中に浮かび上がる映像をまじまじと眺めている様子を見ると、異世界にはない技術らしい。
「ただ、これ一つしか使えなくてな。セフィーロだと魔法の干渉を受けるのか知らんが、調整して使えるようになったのがついこの間なんだ。人数分用意できれば良かったが」
「それでは、コルティナに着くと使えない可能性もあるんですね」
そういうことだな、とジェオは肩を竦めた。まぁ、それまでの間の通信には使えるし、コルティナに着く前に光の位置情報が確認できればなお良い。ないよりはあった方が役には立つだろう。
「ロボットが出てきた時から思ってたけど、オートザムは近未来的な国よね。セフィーロとは大分違うわ」
「ロボットと言えば、セフィーロにもあるだろう。魔神とか言う…ザズが興味津々だったぞ。『合体までできてすげー!』っつって」
尤も、実際に目にした時はそれどころではなかったので、彼が関心を寄せたのはあの戦いから大分経ってからだった。周辺が落ち着いて、NSXが記録していた映像を整理していた時の話だ。
「すごいのかしら? 私はあんまり意識してやってるわけじゃないから、分からないわ」
「そうですわね。その時は無我夢中ですし」
海と風の話を聞くと、魔神は三回合体したことがあるらしい。その中で、彼女達が望んで合体したのは最後の一回だけだった。そもそも、最初は合体することすら知らなかったそうだ。オートザムのメカは機械なので、当然こちらが操作しないことには何も動作しないし、勝手に合体するなんてことは有り得ない。魔神は姿形こそロボットだが、やはり生物なのだ。生命反応があったのも頷ける。
三人で一つの機体を操作するとなると、コクピットでどうしているのかも気になったが、彼女達はそれすらよく分からないようだった。自分の意志で動いているという自覚はあるが、実際には三人同じ動きをしている。三人の人間が全く同じ動作を咄嗟に考えて動き続けることが可能なのかというと、やはり首を捻る内容ではあった。が、実際に魔神が動いていたのだから納得せざるを得ない。
「じゃあ、三回中二回も記録に残ったのは運が良かったわけだ」
セフィーロにとっても貴重な資料と言える。もっとも、あんなものを引っ張り出す必要がない方が、平和で良いが。
「そういえば、結局イーグルのこと、何も聞けてないわ。貴方に聞いてもいいかしら?」
イーグルのこと、と言われてピンとこなかったが、すぐに思い出した。なぜイーグルはピンピンしているのか、彼女達に説明する暇は結局なくなってしまったのだ。幸い、今は目的地に着くまで十分に時間がとれる。
「正直、俺もよく分かってねぇんだよな…」
イーグル生還の話を聞かされたのは、既に心の中で整理をつけ始めていた頃だった。オートザムでは大々的に国葬も行われたし、友人の死と言えど落ち込んでばかりいてはいけないと、自分を叱咤しザズを励ましながらも普段の生活に戻っていた。
そんな時に、突然ランティスがオートザムを訪れたのだ。その頃にはまだ両国を繋ぐ通信手段はなかったので、彼が直接伝えに来た。そして会うなり一言、「イーグルが生きていた」と。
「時期的にはいつだったか…お嬢ちゃん達が異世界に帰ってから、三ヶ月は経ってたな。セフィーロの野原に倒れてたところを、フェリオ王子が見つけたんだ」
「まぁ、フェリオが」
「野原に倒れてたって…」
こうして話しているジェオでさえ、未だに信じられない思いだ。聞いた時も、そんな馬鹿な、と口について出てしまったほどだ。
「王子の話だと、暢気な顔してすやすや眠ってたんだとさ。発見されてから数日はそのまま眠ってたんだが、起きてみたらどこも異常はない。あの後からの記憶はごっそりなかったが、持病も良くなってるし」
「持病のことは光から聞いたわ。かなり重いみたいだったって光は言ってたけど……じゃあ、もう大丈夫なのね?」
「ああ。多少体力は落ちたようだが、命がどうこうということはない。時間はかかるが、時期に完治するとさ」
それを聞いて、二人がほっと息を吐いた。それを見ると申し訳ない気持ちになる。目の前であんな風に死なれて―――実際には生きていたわけだが―――彼女達の心痛もかなりのものだっただろう。帰ったらあいつを(再会した時に散々やったが)もう一度どやしつけたい気分になった。
「だから、無駄だって言ったのに」
「…やってみなくちゃ分からないじゃないか」
やってみた結果、駄目だったよ、というノヴァの言葉に、光はぐっと詰まった。
魔法が使えればここから出られると考えたのだが、炎を発するはずの彼女の呪文は空気を少し震わせるだけで、後は何も起こらなかった。
しかし、このまま手を拱いていても何も始まらない。ここを出るか―――それができなくても、せめて、ここがどこなのかくらいは知りたかった。
「……ノヴァ」
「やだっ。ヒカルと離れたくないもん」
ぷいっとそっぽを向いてしまう。以前に比べれば大分丸くなったとはいえ、この子が本当に自分の心の一部なのかと疑問を持たずにはいられなかった。傍から見れば、自分はこんな風に見えているのか?
「お願いだ。私はここから動けないから」
「私に何かあったら、ヒカルだって困るんだよ」
心の一部を失った時にどうなるのか、光自身は知らなかった。負の感情から生まれたノヴァだが、それでも彼女を失うことは光にとって良いことではないらしい。ノヴァが動き回ることは、自分の弱点が剥き出しで晒されることに等しい。けれど今は他に選択肢もなかった。
「…ヒカルは、あの二人が来てくれるって信じてるんだ」
「うん、信じてる」
海と風は、きっと自分を探してくれているだろう。彼女にとって、そこに疑いの余地はなかった。二人が探してくれているのに、ただじっとしているだけというのは嫌だった。
ふ、とノヴァの態度が軟化するのが分かった。根負けしたのか、呆れたのか。
「分かった。行くだけ行ってあげる」
「ありがとう」
仕方ないなぁ、と零して、ノヴァはいとも簡単に壁をすり抜けてしまった。
部屋の中に光を残して外へ出たノヴァは、物陰からそっと扉の方を窺った。光の想定どおり、そこには見張りが立っている。透けた体をしているノヴァが見えるかどうかは分からなかったが、念の為見つからないようにした方が良いだろう。
閉じ込められていた場所は、部屋というよりは納屋に近かった。すぐ近くには大きな城のようなものがあり、その反対側―――部屋のすぐ後ろは崖になっていた。海が見えるが、波音はあまり聞こえない。高さはかなりあるようだった。
(あのお城に行くしかないか)
光を残して一人で探検なんて、彼女にとっては面白くも何ともない。けれど、自分以外の誰かが彼女を困らせているのもまた、面白くなかった。
不意にランティスの顔を思い出して、ノヴァは青筋が浮きそうなほど顔を歪めた。
(元はと言えばあいつのせいだ! あいつがヒカルを泣かしたりするから、こんな変なことになったんだ! まるで人が変わったみたいに―――)
宙に浮いて地団駄を踏むノヴァの目に、ふと何かが飛び込んできた。はたと動きを止めてしまう。怒りをぶつけたい人物を今まさに見つけたと思ったのだ。
城の窓に、あの男の姿を見た気がした。一瞬すぎて確信は持てなかったが、あの長身はそうそういるものじゃない。
ノヴァはふわりと高度を上げると、その窓から目を離さないようにしながら真っ直ぐ近づいていった。問題の窓は三階だったが、彼女にとってはそこは障害ではない。あっさりと辿り着き、中を覗き込む。
ランティスらしき男の姿はなかった。窓があるのは廊下らしく、左右に長く伸びている。人の気配はなかった。
ノヴァが見た時、ランティスは右から左へと向かっているように見えた。窓からするりと忍び込んでみると、左の奥に扉が見える。いかにも頑丈そうな扉だ。
彼女の目がすっと細くなり、ゆっくりと口角が上がった。どんなに頑丈でも、今の彼女には関係ない。
人目がないことを確認しながら、彼女は音もなくその部屋へと近づいていった。
2014年07月21日UP