12 かの国
『セフィーロとの道が断絶されたようだ』
じゃあ…セフィーロの人達はどうなるの?
『あなたが心配しなくても大丈夫よ。隣国の船が向かっているようだから、崩壊を免れなかったとしても、きっと助かるわ』
でも、生まれ故郷を失くしてしまうなんて可哀想だわ。それに、約束が……。
『そんなもの、向こうも覚えちゃいないよ。それより、俺達はお前の方が心配だ。民も皆心配して、祈りを捧げてる』
『二人で、あなたが自由になる方法を調べているの。それまでは一緒に頑張りましょう。ね、ルーチェ』
ガチャリと、扉の鍵がかけられる音が響いた。
城の中でもこの部屋は特別広い。家具さえなければ、舞踏会でも開けるだろう。小部屋もいくつかついているし、大家族が住むことだってできそうだ。けれど、全てあの扉のせいで台無しだった。
圧迫感がないようにと白く塗られた扉は、それでも威圧感を消せずにいた。壁と変わらないのではと思うほどの厚みがある扉は、彼女を外の世界から守るために存在する。けれどそれは、彼女をこの場に縛り付けていることに違いなかった。
ルーチェはふるふると被りを振った。長い黒髪がそれに合わせて揺れ動く。
(皆、私のためにしてくれているのだもの。我儘を言っちゃいけないわ)
今日は、久しぶりに兄と話ができた。この部屋に一人でいる時間が長い彼女にとって、それは舞い上がるほど嬉しいことだった。先程部屋を出ていってしまったけれど、最近は何やら忙しいらしいので仕方がない。また魔法で姿を変えていたらしく、本当の兄よりもずっと背の高い男の人になっていた。顔を見ればちゃんと兄の面影があったけれど、一瞬どきりとしてしまった。
もう一度夢の中で遊んでみようか。もしかしたら、まだ光がいるかもしれない。
(ううん。わざわざ起こしにきたんだもの。多分、もう結界を張られてしまったわ)
夢の中は、ルーチェが自由に遊び回れる庭のようなものだった。この部屋とて遊び回るのには十分な広さがあるが、どこまでも制限されていないという解放感が全く違う。ごくたまに、外の世界の人と話をすることだってできるのだ。
しかし、外の世界との接触を、兄も姉も快く思っていなかった。彼女の心の負担になってしまうと―――つまりは、心配してくれているのだ。だから、彼女も文句は言わない。
ルーチェはすっくと立ち上がると、小部屋の一つに向かって駆けていった。
「ね、モコナ」
呼びかけると、ぬいぐるみのような可愛らしい白い物体は、「ぷぅ?」と眠そうに返事をした。
彼―――性別が定かではないので、本当のところは分からないが―――も、ルーチェと同じく、この部屋で暇を持て余している。数日前に初めてここに来て、しょっちゅう部屋の外へ連れて行かれるのだから、ルーチェよりは退屈していないだろうけど。
「また外の世界を見せて。ね、いいでしょ?」
「ぷぷぅ!」
よしきた、と言わんばかりに飛び跳ねて、額の赤い宝玉を輝かせる。初めてモコナがこの部屋に来てから、ルーチェはこれに夢中になっていた。
モコナがその映像に映し出した世界は、彼女を忽ち虜にした。窓越しに見るよりも遥かに広く透き通る青空、どこまでも続いている森、空に浮かんだ山、底が見えない海、煙を立ち昇らせる火山。モコナを抱き上げたり、話しかけたりする人々の姿。モコナより小さな可愛らしい妖精。本で読むより素敵な世界だった。
彼女とて、外に出たことはある。王女という身分上、城の敷地外を自由に出歩いたことはなかったが、乗り物の窓から町を眺めたこともあるし、城の庭で遊んだこともある。このように部屋に閉じこもるようになったのは、ほんの一・二年前からだ。
(でも、私が知っているより、もっともっと素敵だわ。行ってみたい。会ってみたい。どの町へ行けばいいのかしら?)
「ね、モコナはどの町から来たの? 北の方? それとも南?」
彼女の言葉に、モコナは体を捻って唸った。モコナは彼女の言うことを理解しているようだったが、彼女はモコナが何を伝えたいのか分からない。だから、モコナはどう説明すべきかと悩んでいるのだろう。
暫く逡巡していたが、やがてモコナは、何か思いついたのか別の映像を映し出した。今までルーチェに見せていた穏やかで楽しげな世界ではない。こちらまで緊迫した様子が伝わってくる―――これは誰かの戦いの様子だった。何かが爆発するような音や、砕けた岩が飛び散る様子が映る。
モコナは岩陰にでも隠れているのか、少し遠くから戦っている二人の人間の姿が見えた。
『私は仲間と一緒に、必ず魔法騎士になって、エメロード姫を救うんだ!』
『そして、このセフィーロを―――』
その声は、はっきりとルーチェの耳に届いた。そして彼女を凍りつかせるには十分だった。
ぱっとモコナの方を見る。彼女の内心には気付かずに、モコナは言いたいことが言えたご満悦な表情をしている。
(この子は、あのセフィーロから来た)
心臓が早鐘のように鳴りだす。苦しくなってきた胸を両手で押さえながら、彼女は何度も深呼吸した。
(それに、あの声)
光だ。先程会ったばかりだから、間違えるはずもない。必ず魔法騎士になると言っていた。モコナが見せたのは、まだセフィーロが崩壊する前の様子なのだろう。……エメロード姫は崩御した。ということは、彼女はあの後魔法騎士になったのだ。
魔法騎士が、どうしてこの国に来たのだろう?
(まさか、私を殺しに?)
魔法騎士の役割は、世界を支えられなくなった柱の抹殺だ。エメロード姫は自ら魔法騎士を招喚したが、彼女自身は招喚した覚えがない。もしや、この国を支えられないと判断されたのだろうか?
「ぷぷぅ?」
震えているルーチェを、心配そうな顔でモコナが覗き込んでいた。
どうしよう。兄や姉や…両親に相談すべきだろうか。夢の中で魔法騎士に会ったと。この国に来ているのだと。
皆、近頃飛び回る忙しさだ。心配させたくないし、手を煩わせたくはない。けれど、自分はこの部屋から出られない以上、何もできないのだ。
(……いいえ、できることはあるわ)
モコナに向かって、無理に笑ってみせる。モコナは、彼女にはすぐ懐いたものの、兄や姉には極端に怯えていた。だから、モコナがセフィーロの様子を見せてくれるのは、ルーチェに対してだけだった。
(ヒカルのことを探ろう。ここに何しに来たのか。もしかしたら思い違いかもしれないし、もし戦わなくちゃいけなくなっても、弱点が分かるもの)
「ね、モコナ。見せてほしいの―――」
光の姿を。武器は? 魔法は? 役目を終えたはずの彼女は、どうしてここにいるの?
「さっきの女の子。友達になれるかしら? お願い、見せて」
嬉しそうに鳴いたモコナに、ルーチェの胸がちくりと痛んだ。
けれど、自分自身を―――そして、この国を守らなければ。
(だって…私は柱なんだもの)
託されたこの使命を全うしてみせる。家族や、自分を想ってくれる民を守ってみせる。
モコナが見せるセフィーロの過去を、ルーチェは食い入るように見つめていた。
2014年08月03日UP