16 柱の証
「先程の声は、王子の言うとおり空神ウィンダムで間違いないだろう。大地の揺れは火山から来るものだ。ここからは確認できないが、恐らく海でも異変があったことだろう」
「我々は遅かったということですか? 民は皆城へ避難させたというのに……」
ラファーガの苦痛に歪む顔から、クレフはちらとランティスを一瞥した。避難した民の様子は、魔法を通じて既に報告を受けている。クレフとしては、あまり受け入れたくない報告ではあったが。
「確かに、ランティスの魔法で相手から強制的に心を削られることはなくなった。そのおかげで目を覚ます者も出てきている。だが、自身が望む願いを止めることはできない」
目を覚ました者達は、まだ柱の復活を願い続けている。その気持ちが偽りのものなのか、本心なのかはクレフには分からなかった。起き上がれるようになるまで待てば、まだ自分達の知らない何かが見えてくるのかもしれない。
「魔神も、そして柱の証も復活した。だが、国の崩壊が始まっていないところを見るに、まだ完全ではないのだろう。……だが、恐らくそう時間はかからん」
時が経てば、やがて大地は崩れ始めるだろう。先程の魔神の一声は、その警告だろうか。
目も眩むほどの輝きから逃れようと、クレフは再び指輪を向けようとした。開かれた部屋の扉を閉めようと。
しかし、その手は躊躇いつつも動きを止めた。珍しく、今まで大人しくしていた人物と目が合ったからだ。
彼が口を開く前から、クレフはおおよそ何を言われるのか見当がついていた。
「僕が柱になってはいけませんか?」
やはり、と思う間もなく、そのイーグルの隣に立っていたランティスがその提案を切り捨てた。
「お前はオートザムの人間だ」
「今さら侵略行為を働くつもりはありませんよ」
「この国のことは、この国の人間が解決すべきだ」
「ここまで手を出しているなら大差ないことです」
常ならば、ランティスは黙って成り行きを見守ることが多い。その彼がイーグルと矢継ぎ早に言葉の応酬をしている様は、中々見られるものではなかった。皆、口を挟めずにただ見つめることしかできない。
その傍らで、クレフはそっと息を吐いた。
クレフ自身、考えたことがなかったわけではない。
目に見えぬ何者かの望みは、柱の復活。しかし、光の招喚を企てた時点で、イーグルが柱になることを望んではいないのだろう。イーグルでは駄目なのか、光でなければ駄目なのかは分からない。以前、崩壊の一歩手前で漸く光が柱になったことを考えると、今のセフィーロには他に資格を持つ者がいないのだろうし。
柱の証が復活してしまった以上、誰かが柱にならなければならない。柱が統治する世界で、柱を失くせるのは柱ただ一人だ。柱制度を続けるか続けないかに関わらず、一度は誰かがあれを手に取らなければ。
それならば、確かにイーグルの方が適任かもしれない。光ではなくイーグルが柱になるということは、向こうの思惑から外れることになるのだから、次の手を打たれにくいだろう。
しかし、イーグルは他国の人間だ。彼の人柄を知っている者達ならともかく、それを知らぬ民達からすれば侵略されたに等しい。第一、親友であるランティスがその提案を受け入れるわけがないことは、クレフにも分かっていた。
「ヒカルが」
その名前で、食って掛かっていたランティスが初めて怯んだ。そして、それを見逃すほどイーグルは甘くはなかった。
「柱になってしまっても、いいんですか?」
「……いいわけがない」
「なら、僕がなるしかありませんね」
ランティスからクレフの方へ向き直り、イーグルは改めて「良いですか?」と承諾を求めてきた。ランティスの鋭い視線も一緒に突き刺さってくる。
イーグルの意見も、ランティスの気持ちも分かる。黙ってこちらを見つめているフェリオ王子が自分と同じく判断しかねているということも。どちらかが間違っているわけではないのだ。だからこそ難しい。
「……一度柱になったとして、その後どうするつもりだ」
「必要以上に介入するつもりはありませんから、基本的にはそちらの指示に従います。すぐに柱をなくしてしまうのでも、しばらくは柱を続けるのでも僕はかまいません」
「ヒカルがやったように、柱をなくすことができる保障はないぞ」
クレフのその言葉に、他の者が皆目を見開いた。
「それなら、尚更僕の方が都合が良いですね」
イーグルはつかつかと歩き出すと、クレフの側を通り、部屋の扉へと向かった。その後ろ姿をクレフも目で追いかける。
(あれは?)
クレフの目が、イーグルの胸元でチカリと光る何かを捕らえた。
しかしそれに目を凝らす間もなく、柱の証が辺りを白く染めるほどの眩い光を発した。
その眩しさに耐えきれず、クレフは目を閉じる。自分の鼻先すら見えなくなるほどの強い光だった。
「皆揃ってどこに消えたのかと思ったら……!」
半分べそをかいているようなアスコットの声に瞼を上げると、そこは大広間だった。
「地面がすごく揺れたし、何かあったのかと思ったじゃないか!」
「何もなかったわけじゃないが、まぁ、落ち着けよ」
緊張の糸が切れるようなアスコットとフェリオの遣り取りに、クレフは大きく息をついた。こうも気を張ることの連続では、さすがに疲れてしまう。
(良し悪しは別として、進展しなかったか)
皆と同じくこの場に戻ってきたイーグルは手ぶらだった。一度は部屋に入ることを許された彼は、今回に限っては、どうやらその資格がないらしい。
「嫌われてしまったようですね」
「人の心も、柱の証も時と共に変化するものだ。以前と同じ結果にならなくても不思議ではない」
この結果に、クレフは内心安堵していた。このまま手を拱いていても先へは進めないと分かっていながら、それでも、再び柱が復活するのは嫌だと彼の心の一部が叫んでいる。
国の未来か、個人の幸せか。エメロード姫の時から頭を悩ませ続けたこの選択肢に、彼自身は未だに答えが出せない。
「導師」
仰ぎ見た教え子の瞳は、彼自身と同じく安堵しているように見えた。兄によく似た紫色の瞳だ。
表情が変わらずとも、親友が柱にならなかったことにほっとしているのが、クレフにはよく分かった。
「話ができる程度に回復した者がいる」
「分かった。私の部屋へ案内しておいてくれないか」
ランティスは目で返事をしただけで頷きもせず、扉へと足を向けた。その後にイーグルも続く。二人の後ろ姿を見送りながら、クレフはもう一度大きく息を吐いた。
『もっと早く柱になっていれば』
『そもそも、招喚されたのが別の人間だったならば』
『イーグルは今頃――』
闇の向こうから声がする。聞きたくて仕方なかった声で、決して聞きたくなかった言葉だった。
(耳を塞いじゃ駄目だ。また、自分の心に負けてしまう)
ぎゅっと両手を握り締める。汗ばんで滑り解けそうになるのを、力を込めて留めていた。
剣を甦らせた時のように、プレセアや誰かに助けてもらえるわけじゃない。現実から目を背けて落ちていきたくはなかった。
(私だって、考えなかったわけじゃない。私がすぐ柱になれていれば、デボネアをもっと早く倒せたんだ。中途半端に柱候補にならなければ、イーグルが柱になれば死ぬことなんてなかった。大体、私がノヴァを生み出さなければ)
でも、過ぎてしまったことに関して、仮定の話をしてもどうしようもないことも痛いほど分かっていた。
死んで償ったり、ずっと懺悔して暗い顔をしているわけにもいかない。こんな自分でも、大切に思ってくれる家族や友人がいるのだから。
かつて風が話してくれた。エテルナの泉で、彼女の前に現れたのは彼女自身だった。それは、風が「自分が幸せであることが、自分を愛してくれる者達への幸せに繋がる」と考えていたからだ。
自分の大切な人が悲しんでいる姿を見るのは辛い。けれど、光はそれを逆の立場から考えたことはなかった。一度目の招喚の後、塞いでいた自分が兄達の目にどのように映っていたかなどと。
だから、風の考えには驚いたし、それがどんなに難しいことなのかもよく分かった。泣いたりして逃げることは簡単なのだ。
「過去のことを悔やんだって、何も変わらない。だったら、私は私が今できることをしたい」
『お前が柱になることで、救える命があるとすれば?』
「……どういうことだ?」
思わず問い返したが、答えは得られなかった。
突然、壁を一枚挟んだかのようなくぐもった声になり、その声も次第に小さくなって消えてしまった。
何が起こったのかと、何も見えないはずの闇の中で辺りを見渡して――彼女は、一対の目を見つけた。まるで路地裏に潜む猫のように、暗闇の中、目だけが光りこちらを見つめている。
『汝の心の中、望みが絶たれたその時には』
心の奥底に響くような、低くて静かな声だ。
『我は力を貸そう』
(なんだか、懐かしい声……)
そう思ったのを最後に、光の意識はより深い眠りの中へと落ちていった。
2015年01月24日UP