Polaris

17 疑念

「どうしたのさ、恐い顔して」

 アスコットの言葉に、フェリオは意識して眉間の皺を伸ばした。

「フェリオも休んできなよ。ここは僕が残っておくから」

 初めて会った頃にはまだ幼子の姿だったアスコットだが、心身ともに大きくなったものだと、フェリオは頬を緩めた。そんなことを口にしようものなら「フェリオだって大して変わらないじゃないか!」と憤慨されそうだが。

「俺は少し仮眠もとれたし、平気だ。お前こそ、あちこち走り回って疲れてるだろ?」

「僕の場合は、友達が助けてくれたから。あんまり疲れてないし、大丈夫だよ」

 招喚魔法を使えばそれなりに疲労も溜まるだろうにと思ったが、フェリオはそれ以上追及しないことにした。

 だだっ広い大広間には、今は彼ら二人しかいなかった。導師クレフは自室に戻り、回復した民に話を聞いている頃だろう。

 他の者は、民の避難に協力してくれた他国の人々に休息をとってもらおうと案内しているところだ。

 ただ、大広間を空にしてはまずいので、ここに誰かが残る必要があった。何かあれば、皆が駆け込んでくるのは間違いなくここだからだ。

(俺が残ったところで、魔法の一つも使えないんじゃあんまり意味はないけどな)

 風が持っているオーブも、今は何の反応も返してくれなかった。ランティスのように遠くにいる者と通信する手段がないとなれば、フェリオにできるのは自分の手足や口を動かすことだけだ。魔法を扱えるアスコットの方が、適任というものだろう。

「僕じゃ役に立てないかもしれないけど、話してよ」

「それは……何の話だ?」

 俯き加減になりながら――それでも、フェリオと目を合わせられるくらいの高さだったが――アスコットは少し遠慮がちに言った。

「難しいこと考えてる時の顔してるからさ。ここのところはずっとそうだけど、今は特に……。僕に話しても、きっと僕は大した返事はできないけど、でも、口に出せば考えも纏まるかもしれないよ」

 案外よく見ていると、フェリオは少し気恥ずかしくなって頬を掻いた。

 表情には出していない自信があったのだが、どうやら彼には通用しなかったらしい。魔物の感情を読み取れるのだから、人よりそういうことに長けているのだろう。

「柱の証のことを考えてるの?」

「まぁ……遠からず、そんなところだな」

 フェリオは逡巡した。難しいことを考えているとアスコットは言ったが、自分の考えは部屋の隅に溜まる綿埃のようにふわふわと頼りないものだ。自分でも呆れてしまうくらい、根拠も何もあったものじゃない。

 彼女ならばどうするだろうか。何の裏付けもなく、しかも人をただ動揺させるようなことを口に出すだろうか。しかし、このまま見過ごせばこちらが大きな傷を負うことになってしまうかもしれない。

 じっとこちらを見つめるアスコットと目を合わせると、フェリオは肩の力を抜いた。

 自分一人考え込んでいたところで、当分答えを出せそうにもないのだ。頼れる人の手は借りた方が良い。

「これは、ほとんど妄想に近いくらいの考えなんだ。正直お前に話して良いものかよく分からない。だから、聞き流してくれて一向に構わないんだが」

 我ながら言い訳がましいな、と思った。こんな前置きをしつつも話そうとしているのは、結局自分が吐き出したいからなのだ。

「俺は、イーグルを疑っている」

 その言葉を、アスコットはすぐには飲み込めないでいるようだった。

 首を傾げたり、腕を組んだり。最後には頭を抱えたので、その様子にフェリオは少し笑った。

「笑わないでよ。……それって、イーグルが敵だってこと?」

「何て言うのか……敵味方のどちらにせよ、何かを隠している、もしくは鍵を握っているように思えてならないんだ」

 イーグルに対する疑惑は、昨日今日出てきたものではない。

 それは、彼自身がセフィーロの大地に倒れ伏していたイーグルを見つけたあの時から始まっている。

 数時間や数日の間姿を消すくらいなら、まだ話は分かる。あの時は柱がいない不安定な世界だったし、色々な意志が交差した結果の事故だと言われれば納得もできるだろう。

 だが、イーグルの場合は何ヶ月もの間、だ。それも、死に至るはずの病はほぼ完治した状態で、身なりも清潔そうで悪くなかった。

 何らかの原因で時が止まっていた? いや、機体はデボネアに手を下される前からボロボロの状態だったと聞いた。コクピットにいれば、清潔とは程遠い状態になりそうなものだ。第一、病が回復に向かうのが分からない。

 フェリオが吐き出した疑惑に、恐る恐るアスコットは尋ねた。

「なら、フェリオが発見するまでの間、誰かが世話をしていたってこと?」

「かもしれない。それに――」

 そもそも、彼が本当に「オートザムのイーグル」なのかどうか。ランティスに化けることができるならば、イーグルに化けることだって可能だろう。

 死んだ人間なら、鉢合わせの心配もしなくてすむ――いや、それはさすがにランティスが気付かないわけがないか。

 さすがに疑心暗鬼になりすぎだ。フェリオはその考えは口に出さず、くしゃりと頭を掻いた。

「アスカ皇女、ようこそいらっしゃいました。王城までは我々がご案内いたします」

 そう言って兵達の先頭に立ったのは、妙齢の綺麗な女性だった。無骨な兵達の中で、剣を腰から下げたその女性の姿は、非常に目立っていた。

 コルティナに到着して夜が明け、朝食を済ませた頃に彼女達はやってきた。ファーレンの遣いをやった時間を考えると早過ぎる。向こうは、既にこちらの目的を察しているのだろう。

「リーザ姫が直々に出迎えてくださるとは。まことに光栄です」

 チャンアンの言葉に、海は体が強張るのを感じた。王族であれば、今回の件に一枚も二枚も噛んでいておかしくない。むしろ、親友を連れ去った張本人かもしれなかった。

「私にとって、王女という身分にはさほどの意味はありません。この国の親衛隊を率いる者として、皆様を安全にお連れいたしましょう」

 侍女として後方に控えていた海は、その王女の姿を何気ない風を装って観察した。親衛隊長だと名乗った彼女は、長い髪を一つに纏めて鎧に身を包んでいる。海のイメージする王女様の姿とは随分かけ離れていた。

 風が酒場で得た情報によると、この国には二人の王女と一人の王子がいるらしい。

 今この場にいるリーザは第一王女だ。王子はその双子の兄らしい。そして、この国の柱だというルーチェは第二王女なのだそうだ。

 セフィーロと異なるのは、この国の柱が世襲制であるところだ。柱の任には、代々王族が就いている。

 海には、いまいち相手の狙いが分からなかった。

 三国がセフィーロを攻めた時、そこには「セフィーロの柱になり、セフィーロを手に入れる」という単純明快な理由があった。事情はそれぞれ違ったが。

 ところが今回は、何が目的なのかが読めない。セフィーロの柱が復活することで、光が柱になることでこの国の人達にどんな良いことがあるのか、海にはまだ分からなかった。

 何も分からないままで戦うことはしたくない。けれど、タータやタトラのように、誠意をもって問いに答えてくれる相手だろうか?

 不安が渦巻く海の胸の内を余所に、コルティナの兵達はこちらが用意してきた積荷を荷台へと積み込み、アスカ達を馬車(車を牽いているのは、正確には馬ではなさそうだったが)の車内へと導いていた。

 大して広くない馬車にアスカ達と共に乗ることはできず、海は風やその他の侍女達と一緒に、アスカ達のものと比べて少し簡素な馬車に乗り込んだ。

「どうしたの? 風。恐い顔して」

 馬車の中で眉を寄せていた風は、海の言葉にはっと顔を上げた。

「私、そのような顔をしていたんですか?」

 両頬を手で包み、風は意識して普段どおりの落ち着いた表情を作ろうと努めているようだった。

「恐いっていうと語弊があったかしら。すごく真剣な表情だったから」

 馬車がゆっくりと進み出す。車外にいる御者に聞こえないことを確認すると、風は声を小さくした。

「あのお姫様が、海さんのことをじっと見ていらしたんです」

「……私達の正体が、ばれているのかしら?」

 相手は光を連れ去ったのだ。つまり、光の容姿を事前に知っていたということになる。となれば、自分達のことも知っていておかしくない。

 海はグローブの宝玉を手のひらで包み込んだ。セフィーロから遠く離れても、やるべきことは今までと変わらない。大好きな人達を守るために、私は剣を取ろう。

 海の決意を応援してくれるかのように、宝玉はほのかに温かく感じた。

 2015年03月28日UP