21 中空
ランティスは、椅子に腰掛けて黙って目を閉じている。そうしていると考え事でもしているようだが、この状態で器用に眠っているのだ。
クレフの休息は、彼の元に集った者達の休息でもあった。さすがに全員揃って休むわけにはいかなかったが。
大広間に機材を持ち込んで、何時間もああでもないこうでもないと言いながら奮闘していたザズは、ついに両手を上げて降参した。
「やっぱ駄目だあ!」
「繋がりませんか?」
「拾えそうな時もあるんだけどなぁ……向こうで動いてはいるみたいなんだ」
ジェオとの通信を何とか繋げようと試みていたものの、どうやら望み薄のようだ。向こうの国内に入るという連絡を最後に、後は音沙汰がない。
予想していたとはいえ、向こうの情報が一切入ってこないとなると不気味ではあった。
「ジェオ、大丈夫かなぁ……」
「大丈夫ですよ。彼はそんなに軟じゃありませんから」
イーグルとしては、ジェオの安否については不安視していなかった。無茶をするような人間ではないし、自分自身を含め、人命を最優先するタイプだ。それに、イーグルは半端な人間を自分の下に就かせたりはしなかった。
ただ、彼の帰りを待ち侘びる気持ちはザズと変わりなかった。
(……場合によっては、セフィーロを去った方が良いかもしれませんし)
「お疲れなら、隣の彼のように休んではいかが?」
イーグルが顔を上げると、タトラがにこやかにこちらを見つめていた。空いている席に腰掛ける。隣にいたタータも、姉に倣って椅子に座った。
「お気遣いありがとうございます。こちらは大丈夫ですよ。そちらこそ、昨日は住民の避難で大変だったのでは?」
「チゼータには、この程度でへこたれるような軟弱な者はいない。己を鍛えることを欠かさないからな。それは私も姉様も例外ではない」
「タータったら」
つんとしているタータの頬を、タトラは人差し指でつついた。そうされると、胸を張った態度もたちまち崩れてしまう。姉妹がじゃれ合うのを見て、イーグルもザズも少し笑った。
だが、タトラがただ雑談をするために彼らの元へ来たのではないことは、イーグルには分かっていた。
「何か成果はありましたか? こちらは生憎、これといってないんですが」
「こちらも大したことは分からなかったけれど」
タトラは、意味深長な笑みを浮かべた。同じ手を用いる自分が言えた立場ではないが、腹の底が見えない厄介な相手だと思う。
「折角技術者がいるのだから、一度訊いてみたいと思ったの」
「え、俺?」
ザズは目を丸くした。自分に用があるとは思っていなかったのだ。
「ウミのお友達の目を誤魔化すのに、敵はこの人に化けたでしょう?」
タトラが一瞥した先には、未だ眠りの中にいるランティスの姿があった。
「人一人に精巧に化けようと思うと、やっぱり情報量はたくさんになっちゃうのかしら?」
「うーん……オートザムの技術でやろうと思ったら、やっぱりすげぇ量かなぁ。見た目だけならともかく、声とか動きとか色々あるし」
相手が用いたのはオートザムの技術ではなく魔法なのだろうが、それでも、それだけの情報量を相手は保持していることになる。魔法といえど簡易なものではないだろう。
「それなら、新しい情報をずっと仕入れ続けるのは難しいのかしら」
「視覚聴覚で得られる分だけだとしても、それだとすぐパンクしそうだな。いや、一定のキーワードに引っ掛かった分だけ抽出するとか? でもなぁ……」
(成程。内通者が今もこの城内に潜んでいることを疑っているんですね)
内通者には複数のタイプがいる。二つに大きく分けると、望んで敵側についている者と、本人の意志とは関係なく情報を搾取されている者だ。タトラは後者と睨んでいるのだろう。漏れ出た情報は、この国の上層部の中でも限られた人間しか知りえない。セフィーロの者で条件に該当する人物は、イーグルが調べた限りではクレフだけだ。彼がコルティナの間者であるとは考えにくい。
ノヴァの正体を知っている者は、イーグルの予想に反してごく少数だった。存在自体を知らなかった者も多い。光の心を慮ってのことなのか、導師クレフにしろランティスにしろ、口外しなかったようだ。
相手が今もこちらの様子を窺っているのであれば、こちらの情報が漏れないように対処すべきだ。だが決め手と言えるものはないし、そう簡単に排除できる人物ではなかった。
(何にしても、ジェオ達の動き次第ですね)
今頃どうしているだろうか。楽観的かもしれないが、無事に成功することを願う気持ちに嘘はなかった。
「まぁ、こんなもんだろ」
ジェオは、気を失った伏兵を物の影に寝かせた。これで何人目か分からないが、彼はまだ息があがった様子もない。
「オートザムの人って、案外すごいのね」
その海の言葉に、ジェオは可笑しそうに笑った。
「この筋肉も飾りじゃねえからな。軍人やってりゃ、メカに頼りっぱなしってわけにもいかねえし」
他には誰もいないことを確認して、ジェオは先頭に立って先へ進んだ。その後に海も風と一緒に続く。
密かに彼女達を見張っていた者は多かったが、それはほとんどジェオが一人で片付けてくれた。剣や魔法を使うのは目立つから控えてくれと言われたのだ。確かに、城内でそんなことをしようものならあちこちが壊れてしまうし、どんどん人が集まっていたことだろう。
そしてそれは相手も同じなのか、魔法の国にも関わらず、まだ魔法を仕掛けられたことはなかった。それが幸いし、彼女達は順調に目的の場所に近付きつつあった。
(私……いつも、人に助けてもらってばかりね)
もっと強くなりたいと思ったのはこれが初めてではなかった。体を張って誰かが自分を守ってくれる度、己の不甲斐なさを情けなく思った。クレフが無理をして助けてくれたがために倒れてしまった時は泣きたくなった。ただ、少し嬉しい気持ちも混じっていた。
誰かを守れるほど強くなりたい。威勢の良いことを言っていても、自分の体は中々ついてきてくれないけれど……いつかきっと。あの人と同じ場所に行きたいというのは、無謀すぎる願いだろうか。
海の思考は、目の前に飛び出してきた影によって中断された。ジェオも足を止める。向こうも、こちらに気付いて驚いたように目を見開いていた。
この国の王女、リーザだった。
彼女が驚いていたのはほんの一瞬で、状況を理解すると、すぐに腰の剣を引き抜いた。それに合わせて、海もグローブからエスクードの剣を取り出す。
「海さん!」
「先に行って!」
風の剣を振り回すには、ここは狭すぎた。第一彼女は剣の心得はほとんどない。
「見張りは何をしているの!? この者達を捕えなさい!」
王女の声が廊下中に木霊する。ジェオと風を庇うように王女の剣を受け流すと、海も剣を突き出した。
外はすぐ目の前だ。開け放たれた扉の向こうに見える日の光が眩しい。
三人が来た方から人が集まってくるのが見えて、海も、剣で応戦しながら外を目指した。
「光を攫って、貴方達は何をするつもりなの!?」
「異世界の人間には関係ないことよ!」
「光だって異世界の人間だわ!」
やはり、彼女達が光を攫ったのだ。そう思うと、海はかっと体が熱くなるのを覚えた。
「ランティスに化けて……酷い真似までして!」
純粋の悪など存在しない。できれば分かり合いたい――その気持ちも確かにあったが、親友を傷付けたのだと思うと海は許せなかった。この人は、タトラやタータとは違う。彼女達は、絶対にこんな手段を選んだりはしないはずだ。
外に近付くにつれ、別の声が聞こえてきた。外にも兵達がいるらしい。それも、一人や二人ではないようだった。
「蒼い竜巻!」
迷わず、海は魔法を放った。強い水流にリーザや駆け付けた兵達が後退していく。その隙をついて、海は二人の方へと駆け出した。
小屋へと走る風とジェオに向かって、兵が集まってきている。
「風!」
「海さん! 小屋を!」
風のその言葉に、海は頷いた。風の唱えた守りの風が小屋の中を包むのを見てとって、海は今度は小屋に向かって言い放った。
「水の龍!」
龍は風とジェオを避け、小屋を噛み砕いた。そして水とともに木片を洗い流していく。露わになった風の魔法の中には、三人の人物の姿があった。
「海ちゃん! 風ちゃん!」
この世界に来た時と変わらない姿をしている光を見て、海は少し胸を撫で下ろした。しかし、それも柱の証を見つけるまでだった。どうしてここにあれがあるのか。
「光! 絶対それを取っちゃ駄目よ!」
集まってくる兵達に、ジェオや潜んでいたファーレンの忍が応戦する。
風は魔法を解いて光に駆け寄ろうとしたが、それを見た仮面の人物が動いた。呪文と共に、雷撃が風を狙う。咄嗟にかけた風の魔法を貫き、それが親友を襲うのが見えた。
「風!」
「風ちゃん!」
二人の呼び掛けに応じず、風は草の上に倒れ伏した。駆け寄ろうとする光を柱の証ごと、半透明の膜が覆う。小屋の中にいた少女が悲鳴を上げる声が響いた。
「兄上! やめて!」
「風ちゃん! 風ちゃん!」
光が膜に体当たりしているのが見える。しかし、それはびくともしないようだった。
「ウミ! 後ろだ!」
ジェオの声に、海は後ろを振り返った。振り下ろされる剣を何とか受け止める。しかし、踏ん張り切れずに押されてしまった。
足止めを掻い潜ってやってきたリーザは、先程と比べものにならないほどの力で剣を繰り出した。とても同じ女性の力とは思えない。水に濡れた前髪の間から光る瞳は、こちらを射殺さんばかりの鋭さだった。
倒れた風の傍を過ぎ、小屋を通り越す。二人と離れてはまずいと分かっていても、海は剣を受けるだけで精一杯だった。
「水の――」
呪文の続きは、薙ぎ払われた剣によって失われた。無理に避けようとした体がよろめく。数歩後ずさりして、海の足は突然宙を掻いた。
――落ちる。
「ウミ!」
悲鳴にも似たジェオの声と、そして、崖の上から手を伸ばす姿が見えた。
宙に放り出された体は、足掻くことなくその様子を見つめる。そして、その景色も真っ白な光に掻き消えてしまった。
ああ、自分は気を失ってしまうんだ。
(クレフ)
やっぱり、ちゃんと伝えておけば良かった。異世界より遠いところへ行ってしまう前に。
音も何もない真っ白な世界。自分の鼓動さえ聞こえない。
眩しい光に、海は目を閉じた。
この意識も消えてしまうのだろうと覚悟した海の耳が――予想に反して、喧騒を捕え出した。
そして、いつの間にか、靴の裏に硬い床の感触があるのに気がついた。
恐る恐る目を開ける。四角く区切られた鈍色の空。取りつけられた望遠鏡。聞き慣れた大勢の人の声。
「大変! お嬢ちゃん、大丈夫!?」
歳をとった女性の声に、海ははっとして視線を落とした。足元に風が倒れている。
「風!」
慌てて跪き声をかけると、気を失った彼女は小さく呻いた。
「誰か! 救急車呼べ!」
「何? どうしたの?」
「人が倒れたって」
見知らぬ人達が垣根を作り始める。
(な、なんでここに――)
混乱したまま、海は辺りを見渡した。
見慣れた東京タワーの展望台。その窓から見える景色。気を失った風が身につけている、いつもの緑色の制服。
一度死を覚悟した心臓が、今頃になって激しく脈打ち始めた。どうして。なぜ? まさか。
これは夢だ。いや、今までが夢だったのか? それとも、ここが死後の世界だとでも言うのだろうか。
煩い心臓と汗ばんだ手足が、海のその考えを否定していた。膝が震える。
(助かったの……? でも待って。あの子は――)
いくら周りを見ようとも、そこに海の求める姿はなかった。
2015年05月04日UP