Polaris

3 再会

「いやー、ちょっと見ぃひん間に、お嬢様方はえらいべっぴんさんになったなぁ」

 大広間に響く懐かしい大阪弁。踊り子の一声は、ぱっと周りを明るくする。片手に扇、もう片手に杯を掲げて、人一倍のはしゃぎようだ。

「カルディナ、まさか飲んでるんじゃないでしょうね?」

 プレセアの呆れたような視線に、ひらひらと扇を振る。杯の中は酒ではないらしいが、騒ぎようが酔っ払いのそれ。傍から見ると飲んでいるとしか思えない。

「明日も忙しいからなぁ、流石にそんな真似ようせんわ。でも、こうやって皆で食べるだけでも、楽しいもんやろ?」

 大広間には、見知っている人物は大抵が集まっていた。以前招喚された時にはこんなことをする心の余裕もなかったので、魔法騎士達にとっては初めての体験だ。広い場所なので、所々で寄り集まって話し込んでいる人もいる。風はクレフと話しているフェリオを見ていたが、その横顔に浮かぶ真剣な表情は彼女の心に引っ掛かるものがあった。

「王子ー、可愛いお嬢様が見つめてはるで~」

「カ、カルディナさんっ」

 慌ててフェリオから顔を逸らすが、周りにすっかり注目された後では逆効果だ。

「悪い、ちょっと急ぎだったもんだから」

 クレフとの会話を打ち切り、さも当然、という感じで風の隣に座ったものだから、音がしそうな勢いで彼女の顔は真っ赤になった。

「あーあ、暑苦しいったら」

「良かったね、風ちゃん」

 お二人まで…ともごもごしたが、内心はやはり嬉しいらしく、恥じらいながらも笑顔を見せた。

「恋する乙女は可愛らしゅうてええなぁ。なぁ、ヒカル」

 座っている光を、ぎゅっと後ろから抱き締める。彼女曰く「ミニチュア」なサイズだからか、何かと抱きしめたい気持ちにさせる。そんな光の胸元に何かを見つけ、カルディナの口元ににんまりと笑みが浮かんだ。

 そのカルディナの顔が丁度見える位置にいたアスコットは、ああ、何か面白そうなものを見つけた顔してる…と苦笑した。

「ちょ、ちょっとカルディナ!」

 何してんのよ! という海の声に皆が驚いて振り向けば、カルディナが光の襟元に手を入れている。突然のことに光の目が白黒している内に、カルディナは目当てのものを手繰り寄せていた。

「ヒカルがおしゃれするやなんて、なんや女の子らしゅうなったと思て―――」

 しゃらりと音をさせて出てきたものに、仕掛けた本人も途中で声を失ってしまった。

 途端に広間が静まり返ったことに、逆に三人が驚いてしまう。

「な、何…?」

 輝鏡のペンダントをカルディナから取り返すが、まだ注目されていることに光は目を丸くする。自分がアクセサリーを付けているのは、そんなに変なのか?

「そ、そうだわ。食後のフルーツがあるのよ、食べる?」

 やや強引に話題を変えたプレセアに、乗ったとばかりにカルディナが賛成し、続けて海も光も賛成する。フルーツを取りに行く四人を見送ってから、風は隣で笑いを堪えているフェリオに顔を向けた。

「あのペンダントが何か、ご存じなんですか?」

「詳しいことは知らないが、ランティスの持ち物だってことはな。あいつが帰ってきたら面白いだろうな」

「あ、あれは一体どういうことだ。王子、何かご存じなのか!?」

 ラファーガの混乱ぶりに、フェリオは困ったように笑った。同じ親衛隊長だったにも関わらず水と油なランティスとラファーガは、未だに仲が良くない。ランティスがラファーガに対して特別何か考えているようではなかったが、ラファーガは「何を考えているのか分からない」と常日頃から口にしていた。対して、光のことは仲間として好意を持っている。彼の中で対極に位置する二人の間に何かがあるというのが、想像できないのだろう。

「そんなこと聞くなよ、野暮だな」

 それにフウとの時間を邪魔しないでくれ、と言われ、フェリオと風の顔を交互に見遣った後、ラファーガは混乱したままその場を後にした。

 夜の城内。人気のない廊下を、月明かりだけが照らしていた。

 歓迎会も早々に終わって部屋へ案内されたものの、流石に眠れずに部屋を出てしまった。

「光さん?」

 前方から声をかけられて暗闇をよく見ると、見知った風の顔がそこにあった。向こうから歩いてくるということは、彼女は部屋に戻るところなのかもしれない。

「風ちゃんも眠れないの?」

「ええ、こんな早い時間に眠る習慣がないものですから」

 東京にいれば、まだテレビを見るなり受験勉強をするなりしている時間帯だ。

「そういえば、任務で歓迎会には来られなかったと、フェリオから聞きましたわ。この時間なら、もうお帰りではないでしょうか?」

 誰が、とは敢えて風は言わなかった。光が暗闇の中で頬を染めても、優しく微笑むだけだ。

 お休みなさい、とお互いに挨拶してから、二人はそれぞれの方向へ歩き出した。

 先程の風の言葉に期待を膨らませながら、光はある場所へと向かっていた。噴水のある中庭だ。あそこなら、彼が居てくれそうな気がする。

 暗い廊下を、曖昧な記憶を頼りに歩く。月光のせいかやや肌寒く感じるが、先程の風の言葉に頬は熱いままだ。ずっと会えなかった人にやっと会えると思うと、心臓を中心に体の内側がかっかと燃えるようだった。

「お姉ちゃん?」

 闇の中からの声にびくりと跳び上がったが、声の主が誰か分かり、光の顔はすぐに笑顔に変わった。

「ミラ!」

「やっぱり、ヒカルお姉ちゃんだ!」

 飛び込んできた小さな体を受け止める。背は伸びたものの、すぐにミラだと分かった。

「久しぶりだね。まだこのお城に住んでるの?」

 ミラは首を振る。

「城のすぐ近くの村に住んでるよ。でも、お姉ちゃんが戻ってきたって聞いて、こっそり来ちゃったの」

 そう言ってぺろりと舌を出す。親が心配しているんじゃないかと光は心配になったが、当の母親は、今は子どものことが頭にない。

「お姉ちゃん、どこ行くの? 私も一緒に行っていい?」

 いいよ、という光の返事に、ミラが喜んで手を繋ぐ。

「ランティスお兄ちゃんには会った?」

 他人から発せられるその言葉に、どきりと心臓が脈打った。

「会いに行こうと思ってたところだよ」

 それを聞いて、更に嬉しそうな顔をする。彼女は自分の気持ちを知っているのだろうかと、光はふと疑問に思った。相手は女の子だ。光自身はともかく、大抵の女の子は幼い頃から恋愛話が好きだ。

 ミラはランティスの居場所に心当たりがあるらしく、引っ張るようにして光を案内し始めた。そうして、ここ一年あまりの話をする。

 読み書きを習っていること。

 ランティスに剣を教えてもらっていること。しかし、最近は会ってはいないので、彼女自身も会いたいのだということ。

「お兄ちゃんね、ヒカルお姉ちゃんの話をする時、とっても優しそうな顔するんだよ」

「本当?」

 光のその声には、微かな驚きと嬉しさ。手を伸ばして触れられずに終わったあの後に、ランティスがどのように過ごしていたのか。あの告白の返事はまだ有効なのか。彼に会うのは嬉しいけれど、不安もあるのだ。ミラの言葉は、彼女の足取りを幾分か軽いものへと変えた。

 最近、ランティスには新しいお気に入りの場所ができたらしい。大抵は、その場所か、噴水のある中庭のどちらかに居るという。ミラは新しい場所の方へ向かっているようだ。

「お日様の光がいっぱい入ってくるお部屋でね、大きな木があるし、お花もたっくさん咲いてるんだよ。そのお部屋から外にも出れてね…」

 とても嬉しそうに話すのは、彼女にとってもそこがお気に入りだからなのかもしれない。

 廊下の向こうに冷たい月の光が溢れている。暗い廊下では、その光は眩しすぎるほどだった。あそこがその場所だと駆け出そうとするミラは、光が足を止めたことで前につんのめった。

「お姉ちゃん?」

 光は、胸元の大きなリボンの上から輝鏡のペンダントを押さえた。紅い光が弱く漏れ出している。

 戦いの時、ランティスの居場所を教えてくれたり、攻撃から身を守ってくれた物。

(ランティスに近づいたから、なのか?)

 疑問には思ったが、周囲に怪しい様子はない。ミラには「大丈夫だよ」と返し、二人は改めて歩を進めた。

 輝鏡が、心なしか熱い。それは廊下の先へ近付けば近付く程に感じられる。

 やがて、輝鏡の弱い光を打ち消すかのような眩しい月光の中へと、二人は出た。

 天井と壁がガラス張りで、まるでサンルームのようだ。煌々と降り注ぐ月明かりに、大きく枝を広げた木々と、咲き乱れる花々が地面に長い影を落としている。そして、奥の扉が外へ向かって開かれていた。つい先刻誰かが通ったとでも言うように、扉は風に小さく揺れている。

 話すのを止め、息をするのも憚られる空気の中、二人はその扉へと向かった。

 小さな少女二人が通れるように更に扉を開き、そっと外の世界へ足を踏み出す。眩しい夜の世界に、月に照らされる白い外套と、闇に溶け込むような甲冑が目に入った。

 見つけた、と確信したものの、胸に湧き上がった感情は不安と恐れだけだった。

 前髪で瞳は隠れているが、その視線の先にあるのは、おそらく、月光を反射して光る紫色の石柱。

 まるで慰霊碑のようなそれに、光の胸の鼓動が速くなる。風と話した時とは違う。体中から体温が逃げていく。

 ゆっくり、小さく、彼の唇が動いた。

「…イーグル」

 輝鏡が、熱い。

 隣にいるミラが、自分の手を強く握り締めてきた。その小さな手と自分の手が、共に冷たい。

 自分の胸に耳を当てているように、鼓動の音しか聞こえない。その音が向こうに届きませんようにと願ったが、それも空しく、彼が動く気配がした。

 優しい瞳とは―――今は、そうは思えない紫色の瞳が自分を見つめる。

 その眼光の冷たさは、月光のせいだと思いたかった。

 2012年10月27日UP