Polaris

その向こう側 3

 本日の獅堂家の献立は、焼き魚に味噌汁、肉じゃがなど、和食で固められていた。道場を開いているからといって、いつも和食というわけではない。普通に一般家庭の献立なのだが、育ち盛りの男が3人いるので食べる量はやたらと多かった。食卓には、今も結構な量の料理が並んでいる。

 献立は一般家庭だが、とりあえず普通でないのは食卓の雰囲気だった。テーブルの上に並んだ料理。座布団の上に正座しているこの家の次男と三男。にこにこしながら珍しそうに夕飯を覗き込んでいる客人。隣の台所で、食事の用意をする長男と末っ子の会話が時々聞こえてくる以外、この部屋では物音がしなかった。

(…誰だこれは)

 優はちらりとイーグルを盗み見た。相変わらず料理を観察している。

(ていうか、この雰囲気はなんだ)

 隣では、弟が警戒した視線をイーグルへと向けている。家へ帰ってきたらこの状態で、とりあえずいつも通り席に座ったものの、台所を手伝えばよかったと少し後悔した。とにもかくにも、妹と兄がこっちへ来て全員が揃えば、何か紹介とかあるだろうと、痺れを切らして待っているのだが。

「あれ、優兄様、おかえりなさい」

 光が盆に茶碗を載せて部屋へ入ってくる。この時ばかりは妹が救いの天使に見えた。

「母さんに急に都合ができたし、助かったな。ちょうど料理が余るところだった」

 覚も部屋へ入ってくる。そしてエプロンをはずし、両手を合わせ。

「いただきます」

「いただきますっ」

「イタダキマス」

 イーグルも光の真似をする。その様子を見て、光は嬉しそうに笑った。イーグルもそれに微笑み返す。

「お口に合うかわかりませんが、どうぞ」

「覚兄さんちょい待った!!」

 いつもと変わらない夕飯を始めようとする兄を優が止める。

「この人は誰だ!?」

 とりあえず色々とわからない事が多すぎて、何から聞けばいいのかわからない。

「光、この方はなんというお名前だ?」

 知らないのかよ! と優は頭を抱える。この長男は、寛大すぎるのが少し問題だ。もう少し物事に執着してもらいたい。

「イーグル・ビジョンです。初めまして」

「いつも妹がお世話になっております」

「まだお世話になってるかどうかわかんねえだろ!」

 沈黙を守ってきた三男が口を開く。未知のものに挑むのには勇気がいる。その勇気がようやく沸いてきようだ。

「お前、どこの人間だ!?」

「えーっと…どうしましょう?」

 どう説明したものか、とイーグルは光を見る。光も少し困っているようだった。

「イーグルは、えっと、異世界の、オートザムの人だよ」

 優と翔は、二人揃って口をあんぐりあけた。光は最近「異世界」へ行くだとか行かないだとか、時々口にしていたが、きっと店の名前だろうとか、友達の間で何か流行ってるんだとか、そんな風に思っていたのだ。ところが、ここでも「異世界」が出てきて、今度は「オートザム」とかいうもっとわからない言葉まで出てきた。

「でも今は、セフィーロに住んでるよ。もっと体調をよくしないといけないから」

 兄二人が理解しやすいようにと光は言葉を続けたが、そんな説明では余計わからなくなるだけだった。

「セフィーロに居たほうが、ヒカルにも会いやすいですしね」

「それだ!」

 再起した翔がポンと手をつく。肝心なのはそこだと言うように。

「俺たちの妹とはどういう関係なんだ!?」

「どういう…と言われても、困りますね」

 イーグルは顎に手を当てて、うーんと唸ってみる。あまり考えているようにも見えないが。

「命を奪おうとしたこともありましたし、命を救われたこともありました。けど今は、誰よりも守りたい人ですね」

 その言葉に、光は少しだけ頬を染める。女の子として扱われることには慣れていないし、好きだのなんだのより、守られるほうがなんだか歯痒く感じるのだ。

「それはつまり、光と交際したいということですか?」

 さらりと覚が言う。にこりとイーグルが笑うと、こちらもやはり、にこりと笑い返した。

「光はたった一人のこの家の娘ですから。まず、私達とお手合わせ願えますか?」

「え…でも…」

 光が暗い声をあげる。イーグルの体は本調子ではない。ここはセフィーロではないのだし、もし倒れたらどうすればいいのかわからない。折角目が覚めたのに、また眠ることになってしまうのは、光は嫌だった。

 そんな彼女の肩に、優しく手が置かれた。

「心配いりませんよ」

 そうは言われても、やはり光は困惑した表情を隠し切れなかった。

「ご職業は何を?」

「軍人です」

 先に言えよ、と優と翔は心の中で声を揃えたが、とりあえずは打たれたところが痛かった。

「イーグル、剣もできたんだ…」

 兄3人も驚いたが、光も十分驚いた。戦いではFTOに乗っているイーグルしか見たことがなかったので、これほど強いとは思わなかったのだ。もちろん、剣道自体はしたことがないので、ルールも形式もあったものではなかったが。

「オートザムでは、よくランティスと手合わせしていたんですよ」

「そうなんだ。今度は3人で手合わせしようね!」

 そう言って元気な笑顔を向ける。逆にイーグルは困ったように笑った。

「あなたが相手だと、ぼくもランティスも絶対敵いませんよ」

 2006年05月21日UP