Polaris

その向こう側 5

「ここには入れないのか?」

「入れない。いい加減にしないと警察呼ぶぞ」

「待っているのもいけないのか?」

 単調な返事に、警備員はもごもごと、待っているだけなら…しかしどうも…と口の中でぼやいた。門から出てくる生徒が、興味津々といった様子で、クスクス笑いながら横を通っていく。

 中年の警備員は、かなり背の高い男の目をとらえるために視線を上げた。無表情で何を考えているかわからないが、力ではまず敵わないだろう。その上、自分が守っているはずの学校の生徒も、あまり自分に味方してくれそうになかった。好意的な視線が自分の横に注がれているのを感じる。

 警備員の視線にも女生徒の視線にも全く反応を見せない青年は、その場で待つことを決めたのか、電柱に体を預けたまま動かなくなった。

 女子校に入りたがるのは、大抵、チャラチャラした(と警備員には見える)若者か、少し頭がおかしい連中か、生徒の家族かだ。この青年に関して、一番妥当なのは、家族だろうか…。

「お前、誰の家族だ?」

 なんなら呼んできてやろうかと声をかけてみたものの、青年の反応はなかった。

「いっとくが、夏休みだし、生徒はあんまり残ってないぞ」

 そう言った途端に青年は顔を上げたが、警備員の声に反応したわけではなかった。

「ランティス!? どうしてここに」

 尻尾のように長いおさげを振りながら、光は走ってきた。校舎を出て、門の向こうにいる彼の姿を見た時にもしやと思ったのだが。

 息を弾ませている光の頭を、ランティスは優しく撫でる。

「ヒカルに会いにきた」

「えっと、そうじゃなくて…」

 理由ではなく方法を聞きたかったのだが、自分を追ってきた複数の足音に光はぎくりとした。

「ひ、光?」

「この人…?」

「わー!! 違う! 違うよ!!そうじゃなくって!!」

 光は可能な限り首を振って否定しているが、ランティスにはなんのことかわからない。

 咄嗟に兄だとか何とか嘘をつくことは、もちろん光にはできない。そこまで機転がきかない。

「ヒカル、ガッコウは終わったのか?」

「う、うん」

 いつになく光がもじもじしているので、膝をついて顔を覗き込む。熱でもあるのではないかと思うほど顔が赤かった。

 先程まで恋愛話をしていたため、ほとんど初めてそういう意識で彼を見た。そうしたらどうしようもなく恥ずかしくなったからなのだが、ランティスはそんなことは知らない。頭の中で知っている病気をひっぱりだしたり、回復魔法は効くのだろうかなどと妙な方向に思考を向けている。その上、普段人の視線なんて気にしないため、光の友人がどういう風にその光景を見ているかも、もちろん気づかない。

 それから、ふと思い出した。

「イーグルはどこに居るんだ?」

「私の家…」

 ぽそぽそとした返事が聞こえ、ランティスは腰を上げた。別にイーグルに会いにきたわけではないが、自分も光も次に行くのは当然そこだろう。

「…ヒカル?」

 一向に動く気配がない。ヒカルが動かなければ、ランティスには右も左もわからないのだが。ランティスは、少し困ったな、などとぼんやり考え、友人も少し、あれ?と思い始めた。

「…ランティス、あのね」

 ゆっくりと上げた光の顔は、やはりまだ赤かった。可愛いなと思ったが、ランティスの表情はやはりいつもと変わらない。

「私…」

「こんなところで何をしてるんですか?」

 干渉し難い雰囲気だというのに、そこに堂々と割り込んできたのはイーグルだった。ランティスがいるというのに、少しも驚いた様子を見せない。

「ランティス、いじめちゃいけませんよ」

 そう言われるとやはり面白いわけはなく、ランティスの眉間にはいつもより若干多めに皺が寄る。相手の機嫌が悪くなったのには当然気づいているものの、だからといってどうと思うわけでもないイーグルは、今度は光の方を見た。

「ヒカルに何かあったんじゃないかと思って、心配になって来てみたんですが…大丈夫ですか?」

 心配というより、好奇心からなのだが。

「どうして学校の場所がわかったんだ?」

「可愛いヒカルのことですから、なんでもわかります」

 どうせ発信機でもくっつけたんだろう、とランティスは思ったが、口に出そうとする前に話は進んだ。

「お兄さんが、お昼を作って待ってくれてますよ」

 光の肩にかかった大きなショルダーバッグを外してやり、それを何事もないようにランティスに渡す。

「…おい」

「なんですか?」

「…俺は荷物持ちじゃない」

「僕はヒカルで手一杯ですから、ちょっとは協力してください」

「……」

 にこやかなイーグルの顔を睨みつけてみるが、暖簾に腕押し。効果があるわけがない。周りの人間には効果があるようだが。少なくとも、光の友人達は一歩後ろへ下がった。

「ヒカル、とにかく帰りましょう」

「……」

「…ヒカル?」

 今度はイーグルが、顔を覗き込んでみる。

「うわーん!! 海ちゃーん! 風ちゃーん!」

 突然大声で叫んだかと思うと、光はそのまま猛ダッシュで駆け出した。イーグルとランティスを残し、友人にあいさつもしないまま。

 2006年05月27日UP