その向こう側 6
「家に電話したら、部活だって聞いたから」
いつのまにか獅堂家には、大勢の人達が集まっていた。問題の2人に、兄3人、そして、光からの電話で駆けつけた海と風と、風についてきたフェリオ。
「光さんに一言申し上げてからにしたほうがよかったですね」
フェリオに会いたい一心で昨日の今日でセフィーロに行き、今度はフェリオとランティスをつれて帰ってきてしまったことに、風は少し罪悪感を感じていた。もっとも、半分はこの状況を楽しんでいたが。
「それにしても、光から電話があった時は何事かと思ったわ」
そう言って海は笑う。泣きそうな声で「海ちゃん、風ちゃん」と繰り返していたらしい。それこそ猫の鳴き声のように。
「お、お腹が空いて切なかっただけだよ!」
海と風の間に挟まれ、頭を撫でられながら必死で弁解してみる。
「それに、びっくりしたし…」
異世界にいるはずの人が突然現れたなら、当然驚きもする。ちなみに、ランティスに光の学校の場所をちゃっかり教えていたのは風だった。
兄3人はというと、海と風に上手く説明してもらい、なんとか理解はできたようだ。魔法騎士がどうの柱がどうのという話は省いたが。今は、次男と三男はぐったりと座り、長男はのんびりと客にアイスを振舞っている。
さりげなく妹の好物を出すあたりに優しさが感じられて、それを見ていた一人っ子の海は少し羨ましく思った。
「…一つ余ったな」
部屋全体を見回して、おかしいなと思いながらも、とりあえず妹に余り物を与えてみる。
「覚兄さん、あのでかいのがさっき部屋出てったろ」
なんで気づかないかなぁ…と優が溜め息をつく。でかい者はでかい者同士気づかないものなのだろうか。
「私、持ってってくる」
光は皿を一つ手に取ると、すっくと立ち上がり、部屋を後にした。その様子を、イーグルがにこにこ笑いながら見送っている。
海はこっそり風に耳打ちした。
「ね、あの人って、光の事どこまで本気なのかしら?」
「さぁ…イーグルさんの考えなんて、誰にもわかりませんわ、きっと」
そう言っている風の隣で、フェリオが苦笑する。よほどの地獄耳なのか、イーグルのにこにこ笑いがいつのまにか二人のほうへ向けられていた。その妙に愛想のいい笑顔がどうにも恐ろしく見えるのは、きっとフェリオだけではないのだろうが。
「あ、それ」
光のアイスを盆に戻した覚を見て、思わず海が声をあげた。
「冷凍庫に入れておくだけですよ」
それだけ言うと、彼は台所へと戻ってしまった。
「閃光」
縁側で、閃光はランティスにかまってもらっていたが、光の声に気づくとそちらへと走った。
「あ、あの、アイスあるんだけど」
閃光の後ろからゆっくりやってくるランティスに、光はアイスを差し出す。アイスというものが、地球の冷たいお菓子だということは、以前に聞いて知っていた。
「…ヒカルが食べるといい」
光の好物であることも、もちろん覚えていた。実際目にしてみて、どの辺が美味しいのだろうと首をかしげたくはなったが。
縁側に腰掛け、閃光の頭を撫でてやる。光もつられたように隣に腰掛けた。
「ランティス、動物と仲良しなんだね。閃光は、結構人見知りするんだよ」
実際、イーグルを今も警戒している。犬でもあの笑顔は恐ろしいのかもしれない。むやみに吼えることはしないが、少しも近づこうとしない。
「ヒカリという名前なのか」
「うん」
夏の太陽が、アイスをじわじわと溶かす。甘ったるい匂いをさせながら。
「…食べないのか?」
「あ、私の分は、向こうにあるから。…えっと、これ食べたら、きっと涼しくなるよ?」
ランティスの服装がどうにも暑そうでそう言ったのだが、ランティスは少し微笑んだだけだった。
「えっと…じゃあ、もらうね? …いただきます」
おずおずとアイスを口に運ぶ。しかし、なぜだか今日は、あまり味を感じない。アイスは冷たいのに、軒下で日の光も当たっていないのに、頬がじんじんと熱かった。
そのことに少し戸惑っている光を、閃光が首をかしげて見つめている。
「ヒカルの兄は皆優しいな」
不意にかけられた言葉に、光は少し驚いて顔をあげた。
「大切に思っているからこそ、あれほど心配するのだろう」
長男の静かに見定めようとする視線も、あとの二人の警戒した視線も、特に気分を害すものではなかった。なぜそんな視線が自分に向けられるのかがわかっているから。
「ヒカルは…」
いい兄をもったな、と言いかけて、口をつぐんだ。大きな瞳が潤んでいたから。それから、ランティスは自分にも兄がいたことを思い出した。
蝉の声が妙に大きく聞こえてしまう沈黙に、光は視線を閃光へと移した。もっとも、しっかりと閃光を見ているわけではなかったが。ふとした瞬間に思い出される苦い記憶。責めてはいないと言われても、簡単に割り切れるものではなかった。自分がしたのはただの人殺しだと思うから。
「ザガートは」
自分の兄のことだというのに、最後に自分の口からその名前が出たのはいつのことだっただろう、と考えてしまうほど、誰かにザガートの話をするのは久しぶりのことだった。前もって予感していたからか、死んだのだとわかった時もさほど悲しみはしなかった。ザガート自身が後悔していないだろうと思うし、柱制度に対する思いのほうが強かったからだ。しかし、今は自分の気持ちの問題ではない。
「時々だが、心配してくれていた。大切な者はいないのかと」
他人に関して無関心。一向に現れる気配のない弟の想い人を、苦笑しながら兄は待っていた。あまり頻繁に話をする間柄ではなかったが。
「大切な者ができ、その者が幸せで俺が幸せならば、自分はもう少し安心できると」
せめて弟ぐらいは、と、その時すでにエメロード姫のことを想っていたのかどうかは、本人がいない今となってはわからないが、そうだったのではないかとランティスは思う。
「ヒカルにそんな顔をさせるのがザガートなら、俺はザガートを許せないが」
慰めるつもりで頭を撫でると、大きな瞳からぽろりと涙がこぼれた。
「できれば、兄を慕っていたい」
光の涙を見て、閃光が心配したように鳴く。
「…よく、わからないよ…」
「…俺も、よくわからない」
ただ、折角できた自分の想い人に、何か言わなくてはと思っただけで。
「ありがとう」
ぐいと涙を拭いて笑顔を作ってみせる光に、ランティスも礼を言いたかった。無口な彼は、結局何も言わなかったけれど。
2006年06月08日UP