Polaris

その向こう側 7

「……」

 居心地の悪い沈黙に、フェリオは蒸し暑い中、頭まで布団をかぶった。

 夜。広い道場にぽつんと敷かれた3枚の布団の、なぜか真ん中に彼の布団はある。これでは、寝付きにくくて仕方がない。できれば個室がよかったが、いきなり押しかけた女の子2人と男3人を受け入れてもらえただけマシなのだ。贅沢は言ってられない。

 海と風は光の私室に寝ることになったらしいが、男3人だとどこかの部屋に入るのは窮屈らしい。特に、図体のでかいランティスがいると。

「明日の朝には帰りましょうか」

 突然左側から聞こえたイーグルの声に、フェリオは布団をどけた。

「今日来たばっかりなのにか?」

「明日の昼頃には、光の母上が戻ってくるそうです。敵が増える前に逃げちゃいましょう」

 敵になると決まっているわけではないのだが。というか、フェリオはもう少し風と二人で東京を満喫したかった。折角来たのだから。

「光もブカツで忙しいみたいですし」

 実際、明日も部活はあるらしい。ちなみに、さりげなく見学を申し出てみたが「女子校だから」の一言であっさり断られてしまった。

「王子も、とりあえず彼女の家にご挨拶には行ったんでしょう?」

「挨拶っていうか、見に行ったっていうか。かなりでかい家だったな。あと、フウ以上に心の読めない姉に会った」

 姉の話は多少聞いていたが、それにしても予想以上だった。あの独特の雰囲気には誰もが引きずられてしまう。フェリオと風の関係も気づいた様子だったが、光の兄達とは逆で嬉しそうだったので、彼も内心ほっとした。

「そういえば」

 ふと思いつき、フェリオは黙ったままのランティスの方を向いた。彼は、ランティスが無口なことにあまり抵抗を示さない数少ない人間だった。元々親衛隊長だったランティスと、王子として幼い時は城に居たフェリオの付き合いはそこそこ長い。特別話をする間柄ではないが、黙り込んでいようが無表情でそこに立っていようが全く気にならない。

 ただ、この場の何が嫌かというと、無言で牽制しあっているのが伝わってくるからなのだ。

 それはともかくとして、フェリオは昼間からどこかモヤモヤしていたものが何かわかったのだ。

「光の一番上の兄上とランティスって、ちょっと似てるよな」

 図体も、口数が少ないところも、表情が少し乏しいところも。

「僕もそう思いましたよ」

 ランティスから反応がないかわりに、イーグルがしゃべる。

「ヒカルにとってランティスは、セフィーロでの兄上の代わりなのかもしれませんね」

「……」

 それはつまり、恋愛対象としては見てもらえていないと遠回しに言っているのだが、フェリオはもう一度布団を頭まで被って聞かなかったことにした。

 布団の向こうで殺気が行き交っていることも、とりあえず気づかないことにした。

「……言わなきゃよかった」

 小さく小さく布団の中で呟き、固く目を閉じるが、フェリオが眠りにつけたのは新聞配達が来てからだった。

「それにしても、トウキョウは広いな」

 東京タワーの展望台から外を見回し、フェリオは口笛を吹いた。寝不足で重たかった瞼だが、高い所からの光景にあっさり回復してしまう。

「これをモコナが創ったっていうんだから驚きよね。あのマシュマロの中身を確かめとけばよかったわ」

 今はどこで何をしているのか。きっと、自分達の想像もつかないような理で新たな世界を創造しているのだろう。

「モコナといえば、僕、トウキョウに来たのはこれで二度目だったみたいです」

 イーグルがふと思いついたように言った。来た時には気づかなかったが、帰りに改めて東京タワーを見上げて思い出したのだ。

「以前光さんが、柱の試練で東京に来たとおっしゃってましたね」

「そういえば言ってたわね。時間が止まってたって」

 帰ってきてから、巨大ロボットが暴れた痕跡がないかと探してみたが、そんなものは少しもなかった。ビームの跡も、焼け焦げた跡も。もっとも、残っていたらそれこそ大ニュースになっていたが。

「試練って、具体的にはどんなことをしたんだ?」

 好奇心のままにフェリオは尋ねたが、イーグルはにっこり笑っただけだった。

「おしゃべりはここまでにして、そろそろ出発しません? 結構目立っているみたいですし」

 風の言葉に、皆で周りを見回す。確かに、こちらを振り返る人々が多い。特におかしなことはしていないはずなのだが。

「注目されてる中で輪を作るのも、結構勇気いるわね…」

「しばらくの辛抱ですわ」

 5人の男女が輪を作って目を閉じる。ハタから見れば怪しい宗教団体のようだ。

「……」

 沈黙が痛い。外のざわめきが、まるで自分達に対しての事のようで落ち着かない。早くセフィーロに着いてほしいと願う海は、思わず握っている手に力をこめてしまった。風から痛がるような仕種が返ってくる。

「……」

 心の中で謝るものの、今度は手のひらに汗をかいてきた。冷房は効いているはずなのに。頭にも血がのぼってきて…。

「ちょっと!」

 耐えかねて海は目を開いた。

「いつもはすんなりいけるのに、どうしてよ!」

「どうしてって言われても、ちゃんとやってるつもりなんだけどなぁ」

 フェリオにはちゃんと願えているのか自信はなかったが、一応は精一杯やっているはずだった。具体的に「できている」「できていない」が目に見えないから、意志の力というのは便利なのかそうでないのかわからない。

「魔法騎士が三人揃ってなきゃ無理とか、そういうわけじゃないわよね?」

 実際、フェリオとランティスはこちらに来る時に光を必要としていない。

「これだって、心の強さの問題だろ? きっと」

「それなら…」

 にっこりと風は笑った。どこか恐い笑い方のような気がして、海もフェリオも身を引いてしまいそうになる。

「強く強く、帰りたくないと考えてる方がいらっしゃることになりますけど?」

 視線の先には、ほえほえ顔と無表情。

「駄目ですよ、ランティス」

「イーグルもでしょ!」

 海のツッコミにもあいかわらずにこにこして返す。単純に足し算で考えたなら、ランティスがいくら帰りたくないと願っても、柱候補のイーグルが真剣に帰ることを願えば、あっさり帰れるはずである。

「ヒカルのブカツが終わるまで待つか?」

「そうですわね…」

「アンタ達も、なんでさりげに嬉しそうなのよ」

 嫌だわ、このメンバー。そう考えて、海はなんだか自分が可哀想になってしまった。

 第六感というのは誰にでもある。彼女もなんだか予感がした。どちらかというと嫌な感じの。

「私、先に帰るね」

 ぼーっとしていた昨日とは逆にそそくさと着替えると、光は一人で更衣室を出た。付き合いが悪いとか彼氏がどうとか茶化されたが、今はとりあえず気にしない。

 校舎を出て、そっと門の外を覗く。嫌な予感は当たらず、そこに居たのは予想外の人物だった。

「海ちゃん?」

「光! 部活終わったの?」

 嬉しそうに光に抱きつき、頭を撫でる。いつも以上のスキンシップに光は少し驚くが、昨日のようなことにはならなくてほっとしている気持ちのほうが強い。

「海ちゃん、どうかしたの?」

 今頃セフィーロにいると思っていたのに。

「私、仲間外れで一人ぼっちだったのよ…光が部活終わるの、ずっと待ってたのよ」

 心底悲しそうにそう言うと、光の体を開放し、その両肩をポンと叩く。

「さ、行きましょ」

「どこへ?」

「東京タワーよ! 皆待ってるわ」

 待ってる? なんでわざわざ。

 どうして海ちゃんが仲間外れなんだろう、とか、昨日は突然来たのに、今日は待ってくれるんだ、とか、光にはわからないことだらけだった。

「もしかして、何かあったのか?」

「んー…ま、色々とね」

 大の男二人が駄々をこねたなどと、あまり言いたくはないのではぐらかした。言っても解決することではないし。

「光が早く大人になってくれたらね…」

「え」

「あ、身長のことじゃないのよっ」

 ショックを受けたような顔をした光に、慌てて付け足す。

 でも、大人になった光なんて、全っ然想像できないわ…なんて心の中で思いながら。

 2006年06月17日UP