Polaris

その向こう側2 3

 待ち合わせ場所になっている公園には、すでに四人が来て待っていた。約束の時間にはギリギリセーフだったが、とりあえずなぜそうなったのかを説明する。

「光のお父さんが?」

「幼かった光さんに負けて修行の旅に出たという?」

 風の言葉に、「なんて情けない」とその場にいたセフィーロの男達は思った。

「よりによって、ややこしい時に戻ってきたのね」

「ところで光さん、あまり嬉しくないんですか?」

 長年会っていなかった父に再会した割には、光の顔は晴れていない。

「うーん…父様のこと、あんまり覚えてないから。試合したことは覚えてるんだけど」

「でも、いくらヒカルが強いっていっても、とっても小さかったんだよね?」

 ついこの間までとっても小さかったアスコットが首を傾げる。

 ここはセフィーロではないので、年齢と外見は当然だが一致する。出会った頃のアスコットより小さかったかもしれない。

「それに負けるっていうのは…さすがに。ていうか、なんで試合なんかしたんだ?」

 フェリオの疑問は、誰もがもつところだ。しかも娘相手にすることか。

「その」

 光は少し恥ずかしそうだ。その様子に「無理しなくてもいいのよ」と海は気を遣うが、それほどではなかったらしく、ちゃんと返事がくる。

「私、髪の毛短いと男の子みたいで…だから、伸ばしてもいいかって」

 勝ったら伸ばしてもいい、と言われたらしい。

「どうして髪を伸ばすのに試合なんか必要なのかしら?」

 海には理解できない。

「父様は男の子が欲しかったみたいだから」

 すでに三人も息子がいて、その上でまだ息子を欲しがる。海にはさらに理解できない。そして、父本人の中では勝手に「子どもは四人。全員男」という風に決められていた。この何年もの間、その勘違いが続いていたのかと思うとぞっとする。

「でも、ヒカルはどう見ても可愛い女の子ですから。大丈夫ですよ」

 ああ、また始まった。と海は思った。そして、ついていけない状況になる前に口を挟む。

「まぁ折角お祭りに来たんだから、楽しみましょ。行くわよアスコット」

 必死に頷いて真っ赤になったアスコットが海の後ろをついていく。のっぽの彼は、イーグル以上に浴衣が似合っていなかった。普段の帽子がないので、余計に違和感がする。

 そして風とフェリオも夜店の並ぶ方へと歩いていく。フェリオは浴衣が似合っていた。普通にその辺の少年のようだ。

「じゃあ、ヒカルに案内してもらいましょうか」

「うん」

 浴衣なので、いつもより小股でとてとてと先頭を歩いていく。その様子を微笑ましく見守る二人だったが、光には聞こえないようにそっと会話をかわした。

「…後ろ、いますよね」

「ああ」

 なんだか大勢、ついてきている気がする。好奇の視線に、殺気に。

「何人だと思います?」

「…五人だ」

 結局家族全員でついてきている。なんとも面白い一家だとは思ったが、ヘタなことはできないと、二人は少し残念に思った。

 金魚すくい。初めてなので当たり前だが、セフィーロ一の男も金魚の前では完敗だった。

「…なぜだ」

 破れた紙の向こう側を必死に睨みつけるが、破れてしまったものはどうにもならない。夜店のおじさんはそんなランティスを見て笑っていた。

 逆に射的の方は二人とも上手で、ちょっとした人だかりができたほどだ。セフィーロの人々へのおみやげ、ということで珍しいものと、光へのプレゼントにぬいぐるみを手に入れることができた。

「ありがとう!」

 ぬいぐるみをぎゅっと抱き締め、満面の笑みを向ける。剣を持ってはいてもそこは女の子。ぬいぐるみは好きらしい。

「このぬいぐるみ、なんだかモコナに似てるよね」

 嬉しそうに頬擦りする光だが、その光景は二人にとってはなんだか複雑だった。あまり良い印象がない。

(もしこれが本物のあの創造主なら…伸びるところまで伸ばしてみたいものです)

(あのように何を考えているのかわからんようなやつが、ヒカルに近寄るなど、許さん)

 モコナはほとんどの時間を光とべったりして過ごしていたので、ランティスがそれを知らなかったのはモコナにとっては幸運だったのかもしれない。光の腕の中で眠っていたなどと知れたら、問答無用に切り殺されてしまいそうである。

「えっと…二人とも、どうしたの?」

 何やら異様な雰囲気が二人を包んでいたので、さすがの光も恐々と声をかける。彼女の腕の中のモコナ似のぬいぐるみが、こめられた力でふにゃっと形を変えた。

「なんでもないですよ」

 ランティスはまだぬいぐるみを凝視していたが、イーグルがいつもどおりににっこり笑ったので、光もほっとする。

「それより、次はどこへ行きましょうか?」

 こうして見ているだけでも異世界の住人である彼らには面白いが、人の流れがすごいので、立ち止まっているのはあまり楽ではない。光は小さな顎に手を当てて考えていたが、思いついたように前方を指差した。

「わたあめ、食べよう!」

 雲のようなそれは、提灯の光をちらちらと細かく反射していて、夢の食べ物のようだ。人込みをかきわけて店の前へと辿り着き、光はランティスにぬいぐるみを預けてがま口を開いた。

「一つください」

 小銭を渡す。中学生のお小遣いでは、三人分を出費するのは少し痛い。店のおばさんが、光とイーグルとランティスにそれぞれ視線を向ける。

「アンタ達は?」

「すみません、僕達はこの国のお金は持ってないんですよ」

 おばさんはけらけらと笑って一つおまけをくれた。光のものと比べると随分小さいものだったが。

「男前だから、プレゼントだよ」

「ありがとうございます」

 すでに次の客の相手をしているおばさんに礼を言い、三人はゆっくり食べるために路地に入った。彼女達のように立ち止まりたい人達が、何グループもそこにはいた。

「甘いですねぇ。とっても美味しいです」

 食べながら歩いていたのか、イーグルのわたあめは半分ほど消えてしまっている。

 甘いと聞いて、ランティスは敏感に反応した。預かっているぬいぐるみが半分潰れる。

「食べてみたら、大丈夫かもしれないよ? わたあめはお祭りの時しか食べられないし…折角だから、ハイ!」

 光が、自分が口をつけていない部分を千切ってランティスへと差し出す。しかし、ランティスが手を伸ばそうとすると、光はそれをひょいと避けた。意地悪されたのかと思ったが。

「手が汚れちゃうから。あーんして」

 そう言われてしまうと、甘かろうがなんだろうが何がなんでも受け入れようとするのがこの男の悲しいところ。人目など全く気にせずパクリといった。ちょっとだけ光の指先が唇に当たって離れる。

 これで二人きりなら至福の一時なのに、とイーグルの痛いほどの視線を感じながらランティスは残念そうに目を瞑るが、イーグルよりもなお厄介な一家の視線にはこの時気がつかなかった。

「「あーーー!!」」

 光の兄二人の叫び声は、雑音に紛れて向こうには聞こえなかったらしい。光達のいる路地とは大通りを挟んだ反対側に居たのだが、五人の大人が何かを凝視して一喜一憂しているのは誰が見てもおかしな光景だ。

「本命はあっちの黒い人かしら」

 母の嬉しそうな声は、怒り心頭の息子二人には届かない。何やら震えている夫にも届かない。残りの息子一人は黙っていた。

「着物も似合うでしょうけど、やっぱり女の子にはウェディングドレスよね。でも、向こうで式をあげるのかしら。だったら、写真くらいは撮ってきてもらわないと」

 一人で計画を立てる母だが、やはり誰も聞いていない。覚は聞いているのかもしれないが、反応が返ってこない。

「あんなに大きくなって…もう風呂も一緒に入ってくれないような歳になってしまったんだな」

 父は一人で悲しんでいるが、十年近く家を空けていれば当然である。たとえ光が入ってあげると言っても息子に全力で止められるだろう。息子が止めなくても、あの二人の男に切り捨てられてしまうだろう。血は繋がっているのに、娘(先程まで息子だと思っていたが)までの障害は多い。

「あの白いのと付き合っているのかと思えば!あの黒いのは俺達をまだ倒していないぞ!」

 優は吼えるが、ランティスと剣を交えて勝てるわけがない。

「ていうか、光って二股かけてるのか?」

 翔の疑問。

「異世界だからな。あの三人で結婚ぐらいできるんじゃないか?」

 覚はなぜか物分りがよかった。結婚というものはセフィーロにはないが、三人で夫婦になって、生活を営む…なんてことが実現しそうなのがあの国。意志の世界の恐ろしさ。

「でもあの白い人は、仕事で家に帰ってこないような感じがするわ」

 母の勝手な思い込み。イーグルの役職を考えれば少々当たっているかもしれないが、白と黒で呼ばれる二人が不憫である。自己紹介した甲斐がない。

「父親になるなら、やっぱり子煩悩じゃなきゃ」

「…すまん」

 愛がなかったと自覚している父の情けない声に息子三人呆れつつ、向こうが移動したのでそれに続いてこそこそと行動を開始した。

 2006年09月29日UP