その向こう側2 4
「甘い物を食べましょう」
「いや、駄目だ」
「あなたは無理して食べなくたっていいんです」
先程から始まった二人のやりとりにぽかんとしつつ、光は「じゃあたこ焼きは?」などと提案してみるのだが、どうやら二人には聞こえていない。
「甘い物は疲れをとってくれるのでとてもいいんです。食べましょう」
あのわたあめ(言ってしまえば砂糖の塊)の強烈な甘さですでにランティスが限界を迎えていることをイーグルは知っている。見せつけられた仕返しにと、甘い物を主張して譲らない。
「疲れなどないだろう」
「世の中の全ての人間が自分と同じで頑丈だと思わないでくれます?」
「だったらお前はもう帰れ」
口調はお互い落ち着いているものの、やはりちょっとした喧嘩にしか聞こえない。
「じゃ、ちょっと休憩しようよ」
一通り見て回ったので、集合場所だった公園に戻ってきてしまったらしい。
幸いにも空いていたベンチに、三人並んで腰掛けた。実は慣れない下駄で足の指が痛かった二人は、座れたことにほっとしていたのだが。
公園は提灯と電灯の光があるものの、商店街に比べるとやはり暗い。日もすっかり沈んで夜になっていた。
「光!」
水風船を片手に海が駆け寄ってくる。アスコットは一緒ではなかった。そのことについて光が尋ねると、海は胸を張った。
「迷子になったらここに戻ってきなさいって言ってあるのよ。だから大丈夫!」
要するにはぐれたらしい。えっへんと彼女は自信満々に言ってみせるが、果たしてここに戻ってくる道を彼は知っているのだろうか。間違って反対側に出ていそうな気がするが。それにしても、いつまで経っても子ども扱いされる彼も不憫である。
「ちょっとお邪魔してていい? 一人だと何かと声かけられるのよね」
「海ちゃん美人だから」
「違うわ光! キャッチセールスなのよ、きっと」
負けるもんか、と闘志の炎を燃やしてみせるが、おそらくただのナンパだろう。自分のこととなるとその鈍感さは光並の海だった。
「光も一人で歩く時は気をつけなさいよ。知らない人に声かけられても、反応しちゃ駄目なんだから」
チキュウの住人は大変だなぁと男二人は海の話を聞いていたが、情けない感じの呼び声に気付いた。アスコットだ。どうやら迷っていたらしく、息を切らしてえらく疲れている様子だ。
「もう、セフィーロに、帰れないと、思ったよ…」
膝頭に両手を置いて呼吸を整える。本当にそう考えていたらしい。体は大きくても、心はやはり子どもだった。
「オーバーねぇ」
光に席を譲ってもらい、アスコットが腰掛けた。男三人がベンチに並んでぎゅうぎゅうと収まっている光景はなんとも奇妙なものだ。しかし、慣れない環境と服装に疲れてしまって、背に腹はかえられない。少しでもいいから休みたかった。
「光、あといくらある?」
「ちょっとしかないよ」
可愛い財布を出して見せ合いっこを始める。海も光も祭りということで臨時にお小遣いを貰ったが、中学生なのでやはり貧乏である。
「じゃがバター一つ買って、半分こしない?」
「うん!」
じゃ、行ってきまーす、と二人がとっとこ夜店の列へと向かっていく。残された男達はなんだか疲れたお父さんのようだ。じっと二人の後姿を見守っている。
「ウミって、何着ても似合うよね」
「そういうことは本人に言ってあげてください」
こっちに言われてもそんなの知りませんよ、というのがイーグルの本音。
「ほら、もう帰ってきましたから、僕じゃなくて彼女に言ったらどうです?」
海が発泡スチロールのお皿にのったじゃがバターを、光が割り箸を二つ持って帰ってくる。しかし、アスコットは顔を赤くして俯いただけだった。
「一人で一つ食べるのは、ちょっと無理があるのよね」
あまりたくさん食べると気持ち悪くなってしまうらしい。割り箸で器用に半分に分ける。
三人はというと、女の子に奢られ続けるのもあまりいい気がしないので、黙ってその光景を見ている。それなりにお腹は空いているものの、夕飯にも一応招かれているので問題はない。
「そういえば、ヒカル」
イーグルに呼ばれて、光が振り返る。じゃがいもが熱かったらしく、ちょっと顔を顰めていたが。
「今晩ご厄介になる予定でしたけど、何年ぶりかのお父上との再会でしょう? 親子水入らずを邪魔しちゃっていいんですか?」
「でも、前から知らせてあるじゃない。言っておくけど、うちは無理よ。特に男はね」
ちなみに、今晩獅堂家に泊めてもらうメンバーには海と風も入っていた。むしろ二人が光と同じ部屋で寝るからこそ、兄達がそこそこ安心して眠れるのだ。よって、六人がご厄介になる予定である。
海の家も風の家も、二度目のご厄介ということで、光の家にお礼として米やら野菜やらお中元ギフトのようなものやらを贈ってある。貰った後で予定をナシにしてしまうのは、光の方も申し訳なくてできないことだった。大体、父は突然帰ってきたのだし。
「父様はきっと何日かいるだろうから、大丈夫だよ。私は父様のこと全然覚えてなかったし、父様もあんまり覚えてなかったみたいだから、問題ないと思うよ」
というわけで、悪いなと思いつつも結局は予定どおりということになった。
「そうだ、これ食べてみる?」
わたあめと同じく、今度は箸でイーグルに「あーん」を実行しようとした光を海が止める。
「そういうのは旦那様にするものよ」
「それなら大丈夫ですよ。ヒカルがケッコンしたいのは僕ですから」
けろりと断言するイーグルにランティスの「お前だけじゃない」のツッコミが入る前に、男三人が座ったベンチの後ろの茂みから人影がガサガサッと現れる。思わず海が悲鳴をあげた。慌てて落としそうになったじゃがバターは光の反射神経によって無事だった。
「お前はまだ交換日記の段階だろ!」
翔がびしっとイーグルを指差すが、そのイーグルはというと、思い出したようにポンと手のひらを叩いた。
「そうそう、コウカンニッキとやらが終わったんですが、次は何をすればいいんですか?」
「いやいやそれより! 勝手に結婚を前提に考えるなよ!」
優はそう言うが、それよりも尾行した挙句盗み聞きまでしている彼らのほうが問題だろう。隠れていたのを知った光が頬を膨らませている。毛を逆立てた猫のようだ。
「光が結婚したいなんて、誰が決めたんだ!」
「ヒカルだ」
あんまりイーグルばかり噛み付かれているので、ランティスが助け舟を出した。翔と優の視線が光へと移る。怒った様子の光を見ても、恋愛絡みならこの兄は怯えない。覚は「また始まったかな」と思ったが、黙って様子を見ているだけだった。三人とも竹刀を持っていないので、怪我をするような喧嘩にはならないと考えているのだ。
「もちろん、嘘だよな?」
優がにっこり笑う。目は笑っていなかったが。
「嘘じゃない。ランティスとイーグルと結婚したいって言ったのは私だ」
「二人と同時に結婚する気なの!?」
思わず海がツッコんでしまう。それより大騒ぎするから人が寄ってきているのだが。
「セフィーロならできるよ!」
自信満々に光は断言する。そこまではっきりきっぱり言われてしまうと、海も「光が言うならできるかも…」と考えてしまう。そんな海の考え込む姿をアスコットはドキドキしながら見つめているのだが、この場にいる誰もそれには気づかなかった。
「こうしよう!」
明るい父の声が響く。いつもなら割り込んでこないその声に、臨戦態勢だった息子と娘が目を丸くする。
「十年ぶりに、試合だ!」
またか、と少しも変わっていない父親に少々呆れる家族の視線には気がつかず、いい案だと彼は誇らしげだった。
2006年10月20日UP