その向こう側2 5
客が大勢来ているというのに、夕飯も後回しにして道場に集まっている。浴衣に慣れない人々は正直着替えてしまいたかった。
光とその父親が身支度を整えている間に事の成り行きを聞いたフェリオは、あっさりと断言した。
「そりゃ、勝つのはヒカルだろ」
沈黙の森で三人と共に行動した彼は、三人の実力を知っている。
しかし、隣でフェリオと一緒に話を聞いていた風は首を横に振った。
「もしかしたら、負けてしまうかもしれません」
「私もそう思うわ」
「どうして? 確かに意志の力は働かないけど…」
アスコットだけではなく、風と海以外は話が見えない。離れた場所にいる兄達や母も含めて。
「どちらにしろ、剣の実力というのは向こうもこちらも大差ないと思います。私は光さんや海さんのように剣を習ったことがありませんが、向こうだと思ったように剣を振るえる…というわけではありませんから」
じゃあなんで? と再度アスコットが尋ねようとした時、父が道場に入ってきた。面を片腕に抱え、もう片手に持った竹刀はかなり年季が入っているようだった。修行の間愛用していたものなのだろう。続いて光も入ってくる。
「しかし、気持ちの持ちようが勝敗を左右するのはこの世界でも同じです。動揺しながら放った矢は的には当たりませんもの」
結局どっちなんだ、とセフィーロの人々は首をかしげる。生まれた時から意志の世界で生きてきた人々にはその差が理解できないのだ。
「でもヒカルは、真剣を用いていなければ相手が誰でも一生懸命ですよ」
時々、運動がてらに手合わせをするイーグルやランティスは知っている。怪我をする心配がないのなら、遠慮することはない。遠慮は逆に失礼だし、己の実力を過信しているわけでもないので遠慮しようとは思わないのだろう。
「そうじゃなくって…」
理解してもらえないことにもどかしさを感じている海を、優の声が遮る。
「そろそろ私語はダメだぞー」
見ると、両者面を被り竹刀を構えている。二人の間には覚が立っていた。
「待ってください。試合の前に…」
くるりと光が風の方を向いたので、風は口をつぐんだ。面のせいでわかりにくいが、いつもどおりに笑っているように見えた。風が話すのを止めたのを見て、光がもう一度正面を見据える。
「父様。一つだけ、お願いがあるんだ」
向こうからの返事はない。しかし、面の向こうからの視線を感じたので光は続けた。
「勝っても負けても、もう修行の旅に出ないでほしい」
その言葉に、風も海も顔を見合わせて笑った。一番の心配事が消えたのだから、あとは純粋に実力がものをいってくれるだろう。
一方、自分の顔も覚えていなかった娘の言葉に、父親は目を丸くした。そんなことを言われるとは思ってもみなかったのだ。予想外なので反応が遅れたが、うんうんと頷いて、小さく「よし」と返事した。
その曖昧な返事で話が終わったと判断し、審判の覚が手をあげた。
「前と同じ、一本勝負だ」
竹刀が構え直される。
息遣いが聞こえてきそうなほど静まり返った中、海が無意識に両手を合わせるのと同時に試合開始の合図があった。
2006年10月20日UP